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小説 短編 『新たなる日』 [創作]


少年は一心に上を見つめて、険しい岩肌にとりついていた。
振り返れば、その高さに心が折れるのは解っていた。
ひたすら全身全霊で神経を研ぎ澄まし、指先とつま先で
あるかないかの岩の突起やくぼみ、亀裂を探し出して
つま先を乗せ、指を押しこみ、体を上へ上へと押し上げていった。
時折ゴオオッと音をたてて、風が吹きあがる。
その度にしがみついている岩肌から体をひきはがされそうになる。
少年は浅く息を吐きながら、
いっそ手を離して、落ちてしまった方が楽なんじゃないかという誘惑とも戦っていた。
体が熱くだるい。
不快な汗が額と背中を伝う。
足も腕も攣れたように痛み、小刻みに痙攣している。
体を支えるどころか、腕をあげているだけで苦痛になって来る。
オーバーハング気味の岩が頭上にかぶさり、崖上は見る事が出来ない。
斜めにルートを取り直し、ふたたび少年は壁にとりついたイモリのように
ゆっくりとだが着実に上へと向かう。
そそり立つ崖の頂上に指先が届いた。
少年の心臓も頭も、もう破裂しそうにどきどきと脈打っている。
ここで落ちたら・・。指先の岩が崩れたら・・。
登っている時以上の恐怖が、手足を強張らせる。
少年は大きく息を吸って、呼吸を整えた。
はずみをつけて最後の足場の岩を蹴ると、崖に上に転がるように身をあげた。
そのまま仰向けに倒れこむと、抜けるような空の青さが目を射る。
「よし・・。よし・・・。」
少年は自分を励ますように疲れ切った体を無理やり起こすと
崖の上に広がる広大な果樹園へと歩きだした。

果樹園の入り口にはひと際大きな木が二本、向い合せに植えられていた。
少年は臆することなく、入口を通り、果樹園に足を踏み入れた。
広大な果樹園は、爽やかで甘い林檎の香りが満ちていた。
急に少年は喉の渇きを覚えて、たわわに実った真っ赤な林檎に目をやった。
ひとつくらい食べた所で、誰がいる訳でもない、見ている訳でもない。
少年は伸ばしかけた手を止める
「僕にはしなきゃいけないことがある。そのために来たんだ。」
その木を見上げると、沢山の林檎の実りの中に、ひとつだけ金色に光っているものがある。
顔を近づけると、それはちいさなちいさな人の形をしている。
幼い子供の顔をして、気持ち良さそうに眠っているようだ。
「違う、君じゃない。」
少年はそう言って、次々と林檎の木をひとつづつ覗きこんでいった。
どうも木ひとつにつき、ひとりその金色の子供がいるようだった。

どのくらい歩きまわっただろうか、少年はようやく一本の木の下に立ち止った。
「見つけた。君だ。」
その声に、金色の子供が目を開いた。
「あれぇ?僕だ。」
少年は微笑んだ。
「そうだよ。僕は君だ。やっとみつけた。君は僕の魂のコア。
僕と君がひとつになって、やっとまた僕らはひとつの命になり地上に生まれる事が出来る。」
光の子供がつぶやく。
「僕、ここ結構すきだったのになぁ。もどるの嫌だなぁ。」
少年は少し微笑んだ。
「わかるよ。」
少年は手を伸ばすと、金色の子供のちいさな手をとって木の上から降ろした。
金色の子供は大きな瞳をにこにこと細めて、少年の元へと降り立った。
「仕方ないね。待っている人がいるんだね。」
少年は黙ってうなずいた。
金色の子供はちょっと名残惜しそうに自分のいた木を見上げると、
「また戻って来る時まで、待っていてね?」と、優しく木の幹を慈しむように、ぽんぽんと叩いた。
それに応えるように、林檎の木は風もないのに枝をゆすって、
実をひとつぽとりと少年の手に落とした。
その実は輝くルビーのような色で、たちまち辺りはその神々しいばかりの香りで満ち溢れた。
「ありがとう。行くね?」
金色の子供は、少年の手の中の林檎に手を置くと、すうっと吸い込まれるように消えた。
少年はその林檎を胸に抱くと、ルビーの輝きはますます強くなり、
金色の小さな太陽のようになり、ゆっくりと少年の胸を貫いた。
少年はその場に倒れこむ。
すううっと意識が遠ざかってゆく。
その最後の一瞬、少年は懐かしい少女の顔を想い浮かべた。
優しい愛おしい大切な笑顔。
「待っていて。」
「必ず。必ず見つけるから。僕が・・。」
少年の体が薄く消えてゆく。

新たなる旅の始まり。
新たなる試練の始まり。
もがき苦しみ嘆き泣きながら、
それでもたった一人の大切な人を護るために。
仲間を支えて共に生きてゆくために。
よりよい未来を託すために。

いつか真の歓びを手に入れるために。


果樹園の入口の巨大な二本の木に、
それぞれ見た事もないような姿のものが、ひっそりと宿っていた。
その驚くほど見開かれた二頭の門番の瞳が、
やがて再び静かに閉じられる。

風はなぎ、果樹園に再び静寂が訪れた。
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