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リヴリー小説 中編 『はちみつホットケーキ』 [創作]

いつももぐりこんで遊んでいる雑誌と雑誌の隙間から、ピンク色の鼻さきが現れました。
ぐりぐりぐりとお顔が出てくると、ぱっちりと青空のような瞳が開いて、
少し遅れて小さなお耳がびょこんと立ちました。

「やった、お日さまだ!冒険にゆくんだっ!」

ぽすんと平たくなった雑誌には目もくれず、
トビネのイェルクッシェくんは元気に立ち上がりました。

「ゼフォ~ンッ!おはようっ!ノドくんところいってくるねっ!」

親友で飼い主のゼフォンさんが、「いってらっしゃい。」と振り向くと、
もうイエルクッシェくんのふさふさの尻尾の先が、窓の隅から消える所でした。

昨夜の台風で、草原の草の一本一本は
未だたっぷりと水を含んでひんやりとしていました。
その中を元気いっぱい駆けまわるのは、トビネのイェルクッシェくんにはとても爽快でしたが、
草原を抜け出る頃には、その全身は水の中に落ちたようにびしょびしょです。

でも大きく体を揺すって水を飛ばすと、
暖められた陽射しでたちまち元のようにふんわりとしました。

その時イェルクッシェくんは高い悲鳴を聞きつけてぴたりと足を止め、お耳をピンと立てました。

「こっちだっ!」

イェルクッシェくんが声のする方に駆け寄ると、
小さなラビネの女の子が今まさに大きなスズメバチに襲われているところでした。

「こらーっ!あっちいけーっ!!」
イェルクッシェくんは大きな声で叫びました。
薄ももいろのラビネの女の子はイェルクッシェくんに気づくと、こちらに走って逃げて来ました。
「イェルクッシェのおにいちゃんっ!こわいよお!」
「あっ!ももこちゃんっ!」

女の子はイェルクッシェくんと仲良しの、ジャスミンさんの妹のももこちゃんでした。
その背中に、スズメバチの大きな口が迫っています。
まさにその口がももこちゃんの背中に届きそうな寸前、
草に足を取られてももこちゃんが倒れ込みました。
その僅か数センチ上をスズメバチの巨体がかすめてゆき、
イェルクッシェくんも飛び越えて、再び態勢を整えて旋回してきます。

そのすきにイェルクッシェくんはももこちゃんの所まで駆け寄ると、
草むらの安全な所に隠そうとしましたが
転んで傷だらけのももこちゃんは泣いて痛がって、なかなか動かせません。

「がんばってももこちゃんっ!逃げなくちゃ!」

旋回したスズメバチは今度は失敗しないようにと、一直線に迫ってきます。
イェルクッシェくんは覚悟を決めて、ももこちゃんの前に立ちあがると、
まっすぐにスズメバチに向かいました。
「さあ、こいっ!」

その時、眼のくらむ閃光がスズメバチを貫きました。
と同時にイェルクッシェくんとスズメバチの間に、黒い影が割り込んできました。

「その子を連れて、早くゆけ。」

その声と同時に、次の閃光がスズメバチを襲いました。

それは夜の闇のような羽根を広げた、体つきもがっしりとした大きなムシチョウでした。

不意を喰らったスズメバチは、
怒り狂って今度はそのムシチョウに襲いかかろうと向き直りました。

「僕も一緒に戦う!独りじゃ無理だよ!」イェルクッシェくんが叫びました。

黒いムシチョウは不敵な笑みを浮かべて、イェルクッシェくんをちらりと見やりました。

「その心意気はありがたいが、まずその子を安全な所に連れていってもらう方が助かる。
それが出来るのはお前だけだと思うが。」

「でも・・。」

言い淀むイェルクッシェくんに、小さなももこちゃんは泣きながらしがみついています。

再び襲いかかるスズメバチの大きなあぎとをかわしながら、
黒いムシチョウはもう一度イカヅチをその頭上に落としました。

「コイツには貸しがあるんだ。オレ独りで大丈夫だ。
さあ、早くいけっ!」

イェルクッシェくんはこぶしをぎゅうっと握りしめると、叫びました。

「ももこちゃんを置いて、すぐ戻るよっ!すぐだからねっ!」

そしてももこちゃんを抱き上げると、ジャスミンさんのお家に不思議な力を使って飛びました。

「頼もしいな・・。」

黒いムシチョウは思いもかけぬ優しい笑顔で、イェルクッシェくんの消えた場所を見つめました。
そして巨大な敵をしっかりと見据えました。

「今日こそこれで終わりにしようぜ。
・・・来な。」


一方イェルクッシェくんは、ももこちゃんを抱えたま、ジャスミンさんのお家に降り立ちました。

でもあんまり慌てていたので、着地の時に尻もちをついてしまいましたが

それでもその姿が完全に現れる前から、大きな声で叫びました。

「ジャスミンさんっ!ももこちゃんが怪我したのっ!僕、もどらなきゃっ!!」

その声に奥の扉が開き、白くてどろどろした何かがふたつ、
イェルクッシェくんの方に向かってきたのです。

ももこちゃんは一瞬泣きやみ、ふたたび強くイェルクッシェくんにしがみついたものですから

もういちど飛んでゆこうとしたイェルクッシェくんはまた尻もちをつきました。

「ももちゃ~んっ」

「イェルクッシェく~んっ」

その白くてどろどろしたものが二人の名前を呼んだモノですから
ももこちゃんは金切声をあげて、足をふみならしました。

イェルクッシェくんはしばらくお目々をぱちぱちしていましたが、
たちまちふわふわの尻尾を、デッキブラシのようにぴんと立てました。

「マカモウだなっ!来いっ!僕がこらしめてやるっ!」

その勇ましい言葉にもオバケ達はひるむことなく、ずんずんとイェルクッシェくんに迫ってきます。

「ちがうちがうっ!僕だよ、ノドだよ~っ!」

「私よ、ジャスミンなの!」

二人の必死な声に、イェルクッシェくんはあれ?っとお首をかしげました。

そしてお鼻を空に向けてアハハハハハッ!と笑いだしました。

「なあんだ、ノドくんとジャスミンさんだぁ。何して遊んでいたの?」

「遊んでいたんじゃないよ―。ジャスミンさんのホットケーキを作るお手伝いをしていたんだよー。」

ノドくんがお顔の前の白いどろどろから、ようやくお目々だけ出すのに成功して言いました。

くりくりとしたお目々がのぞくと、またイェルクッシェくんは大笑いをしました。

「アハハハハハ!おかしいなあ!ノドくんだ!ホントにノドくんだ!」

腰に手をあてているらしいシルエットのジャスミンさんが、ようやくくもぐった声で言いました。

「ノドくんに小麦粉とミルクを混ぜてもらっていたらね?
ノドくんたら、わざわざ私の前でつまづくんだもの。」

「それでボウルごとジャスミンさんに・・。僕、拭いてあげようとしたんだよ?
でも僕までべたべたになっちゃって・・。」

そしてノドくんとジャスミンさんはお互いを見つめて、ぷっとこらえ切れずに笑いだしました。

イェルクッシェくんがノドくんに「びっくりしちゃったなぁ!」と笑いながらしがみつくと、
イェルクッシェくんも真っ白どろどろになりました。

「すごいかっこうだね。」

「なんだか固まってきたみたいで、ごわごわしてきたわ。」

泣きべそをかいていたももこちゃんまでが、ようやく笑いがおさまってくると、
ふとジャスミンさんがいいました。

「ももちゃん、怪我したって言ってなかった?」

「あっ!」

「あっ!」

ももこちゃんとイェルクッシェくんが同時に叫びました。

「僕戻らなくちゃ!黒いムシチョウさんが戦っているんだっ!」

「大きなスズメバチがきたの!」

さっとジャスミンさんとノドくんの顔が青ざめました。

「怪我をしたの!?」

ノドくんが叫ぶように聞きました。

「だいじょうぶ。ももが転んだだけ。
でも助けてくれた黒いムシチョウさんが、ひとりで戦っているの!」

「よし、ジャスミンさんはももこちゃんをお願い。僕とイェルクッシェくんでいってくるっ!」

「でも・・っ!二人で行ってもスズメバチじゃあ・・っ!」

「大丈夫。勝てなくても、追い払うくらいできるよっ!心配しないでっ!」

「シュッ!」

言葉も終わらない内に、ノドくんとイェルクッシェくんは、戦いの場所へ飛び戻ってゆきました。


焼き焦げた草と、なんともいえない嫌な匂いがまず鼻を打ちました。
その次は激しい稲光と雷鳴が響き渡り、距離を開けて飛び降りた黒いムシチョウの姿と
それに追いすがり、
掴みかからんばかりの大きなスズメバチの焼け焦げた頭が、視界に現れました。

たったひとりの攻防で、流石の黒いムシチョウも息があがっているようですが、
眼光だけは鋭くスズメバチを圧しているようでした。
ただいくつも黒い羽根が地面を舞っている所をみると、決して無傷ではないようです。

「こらーーーっ!!小さい子をいじめちゃだめだよーーっ!!!」

ノドくんの横で、とてつもなく大きな声が鈴の音と共に鳴り響きました。

黒いムシチョウの手助けにと駆けだそうとしたノドくんは、思わず立ち止まり
黒いムシチョウとスズメバチは同時に振り向きました。

そこには真っ白などろどろした何かが、
鈴を振りながら何か大声で叫びながらつっこんでくる所でした。

スズメバチはシュッと後ろに飛び退きました。
少し逡巡するようにその場で翅を震わせ、空中に止まっておりましたが
もう一度鈴が高らかに鳴り響くと、すーーっと森の方へ姿を消してしまいました。

そのスズメバチの姿を、しばらく鋭い眼で見上げていた黒いムシチョウは、
そのまま空を見上げて、やがて穏やかな低い声で言いました。

「今回は君たちに助けられたな。
・・・今度会った時は、とどめをさすよ。」

そしてこちらを振り向く事も無く、森の中へ歩み去りました。


「ももこちゃんを助けてくれてありがとうって言いたかったのに。」
イェルクッシェくんが大事な鈴をしまいながら言いました。

「うん。僕、何にもしなかったのになぁ・・。」

ノドくんはおともだちの秀吉くんだったよなぁと首をかしげていました。
でもあんまり厳しい様子に、声をかけてはいけない気がしてその後ろ姿を見送りました。

「ああこれ,ももこちゃんのお買い物だったんだね。」
イェルクッシェくんが地面に落ちて割れてしまった瓶と、
その近くに転がっていたお買い物かごを見つけました。
「くんくんくん。甘くておいしそうな匂いがするね!」

ノドくんもイェルクッシェくんの近くにゆくと、メープルシロップの甘い香りがしました。
「そっかぁ。きっとホットケーキにかけるのを買いに行ってくれていたんだね。
・・・・でもこれじゃあもう使えないね・・。」

そしてべとべとの小麦粉が固まりだして動けなくなってきたイェルクッシェくんとふたり、
せーの、一緒にと声をかけて、
心配しているジャスミンさんの家まで、魔法の言葉でとんでゆきました。

みんな無事で本当によかった、と、
そのままでずっと青い顔で待っていたジャスミンさんは、ようやく涙を拭くと、
お着換えしてくるね、と奥に入ってゆきましたので
ノドくんとイェルクッシェくんは、包帯をまかれたももこちゃんを連れて、近くの川まで走りました。

川のお水は冷たくて、
ふたりとも修行だ、修行だといいながら、お互いの体をごしごしじゃぶじゃぶ洗うと、
イェルクッシェくんはなんだかいつもよりつやつやな毛なみになり
ノドくんもぴかぴかの羽根になったようです。

大きな岩の上で、お日さまと風で濡れた体を乾かして、
イェルクッシェくんのしっぽがまたふわふわになる頃
ふたりの間でいっしょに寝転んでいたももこちゃんが言いました。

「おにいちゃんたち、助けに来てくれてありがとう。
ほんとうにこわかったの。」

イェルクッシェくんはぴょおんと飛び起きると、胸を張りました。

「鍛えているからねぇ!」

ももこちゃんはにこにこしていましたが、ちょっぴり残念そうに言いました。
「今日はおいしいホットケーキ、食べたかったのにな・・・。
シロップをももこ落としちゃったの・・。」

ノドくんとイェルクッシェくんは顔見合わせました。

その時ノドくんがあっ!と言って立ち上がりました。
「そうだっ!僕、前の年に森の中でみつけたんだよっ!
みんなで行こう行こう!・・あるといいなぁ!」

「なになに?」

「冒険だねっ!」


ノドくんは二人の手を引いて、川の向こう側の森の中に走りだしました。

しばらく走ったところで、ノドくんが立ち止まって、こんもりした木を指さしました。

「やったぁ、あったあった!ほらみて!」
「わぁ!」
「いっぱい実をつけているね!」

それは大きな木イチゴの茂みでした。

「ホットケーキの上にこれをいっぱい乗せたら、きっと甘くなるよ!」

「わぁい、わあい!」

ももこちゃんはぴょんぴょんととび跳ねると、
ポケットの中から大きなハンカチを出して摘み始めました。
ノドくんも赤くて美味しそうなのを選んで、そおっとそのハンカチにいれました。

イェルクッシェくんは高い木の所についている大きな実を上手に採って来てくれました。
たちまちハンカチには赤いぴかぴかした宝石のような実がいっぱいになりました。

「おねえちゃん、喜んでくれるかなぁ?」
「おいしいって言ってくれるといいね!」

3人が実を潰さないようにそろりそろりと家に戻ると、戸口のドアノブに何かかかっています。
袋に紐がつけられて、中に何か瓶が入っているようです。
3人がそおっと開けてみると、金色に光るとろりとした液体が瓶の縁あたりまで入っています。
ノドくんが器用にお指を使って蓋をはずすと、優しい甘い匂いがしました。
3人は声を揃えで言いました。

「はちみつ!!」

「きっと秀吉くんが、割れちゃった瓶を見て、
代わりのはちみつを持ってきてくれたんだっ!」

「やさしいなぁ!」

素敵な贈り物と、ぴかぴかの真っ赤な木イチゴをテーブルに並べると
ジャスミンさんは頬を薔薇色に染めて微笑みました。

「これで美味しい美味しいホットケーキができるわ。」

ジャスミンさんは新しいエプロンをきりりとつけると、魔法のような手際の良さで
次々とキツネ色にふんわりとまあるいホットケーキを、お皿に重ねてゆきました。
お部屋の中にはバターと小麦粉とお砂糖の焼ける、幸せな香りでいっぱいです。

ノドくんも、イェルクッシェくんも、嬉しくなって
ふたりで邪魔にならないように、「美味そうで嬉しい踊り」を
ああでもないこうでもないと踊りました。

ももこちゃんはそっとジャスミンさんの所に近付くと、エプロンのすそをつんつんとひっぱりました。
なあに?とかがむジャスミンさんの耳元で、つま先立ちで一生懸命お話ししています。
ジャスミンさんはにっこり微笑むと、戸棚から綺麗な小さな紙の箱を取り出しました。
そこに真っ白な紙ナプキンを敷きました。
お皿から3枚のホットケーキを中に入れると、ぴったりと治まりました。

なあになあに?とノドくんが覗きに行くと
「黒いムシチョウのおにいちゃんにあげるの。」とももこちゃん。
「そっかぁ!」
「いっぱいありがとう、っていう気持ち届くかなぁ・・?」
「よしっ!僕に任せておいて!」
後から来たイェルクッシェくんが箱の中をごそごそとすると蓋を閉めました。
「これで大丈夫っ!黒いムシチョウさんの所にみんなで行こう!」

みんながにこにこしながら大急ぎでムシチョウの家から戻ってくると、
片付いたテーブルには、
真っ赤な木イチゴがたっぷり乗った、あつあつのホットケーキが並べられていました。

「さあ、熱いうちにいっぱい召し上がれ!」

みんなは歓声をあげて椅子に座ると、元気よくいっただきまーすっ!と声を揃えました。

たっぷりとかかったはちみつと、あまずっぱい木イチゴの熱々のホットケーキは
みんながお腹がぱんぱんになるまで食べても、まだ食べられそうな気がしました。



さてその少し前、抑えられたくすくす笑いを扉の外に感じ、
黒いムシチョウはふと脇の傷の治療の手を止めて、いぶかしげに扉の方を見やりました。
それがさざ波のようにひくのを待って、彼はそっと扉を開きました。

そこには誰の姿も無く、綺麗にしつらえた紙袋だけがぽつんと置いてあります。
中を開くと、また紙の箱があります。

彼はしばらく戸惑ったようにその箱を見つめていましたが、
家のテーブルまで運びこむと蓋を取りました。
中にはキツネ色にふんわりと焼けた、まだ温かなホットケーキが入っていました。
その上に木イチゴが不規則に並んでいます。

しばらくそのホットケーキを見つめていて、
彼はようやく木イチゴで字が書かれているのだと気づきました。
苦労してようやく解ったのは

『し1之る>U之』という文字。

「これはなにかの暗号かな?」

黒いムシチョウは眉間にしわを寄せて、しばらく腕を組んでその文字を見つめると
頭を右にしたり斜めにしたりして考えました。

そして目をつぶると、突然あっ!っと声をあげてもう一度見直すと
天を向いていきなり大笑いをしました。

「な、なんで・・・。あはははははっ!
ちびさんと作ったんだなっ!あはははははははっ!!」

いて、いて・・とわき腹を抑えながらもうひとしきり笑うと、
「ごっそさん。」といってペロリと三口ほどで綺麗に箱を空っぽにしてしまいました。

その瞳には先ほどまでの暗い怒りはすでになく
穏やかに澄んで、楽しげに細められたままでした。


さてこちらは、ジャスミンさんの明るいお庭の柔らかな草の上です。
仰向けに寝転がってぽんぽんのお腹をさすりながら、ノドくんはイェルクッシェくんに聞きました。

「黒ムシチョウくんにあげたホットケーキに、さっきももこちゃんと何をしていたの?」

「ありがとうの気持ちをたくさん詰めていたんだよ?」

「気持ち?ありがとうって書いていたの?」

「それはジャスミンさんとももこちゃんでいっぱい込めてあったからね?
『僕も』って書いたんだぁ!」

「僕もって?」

「それじゃあよく解らないと思ってね?
僕の名前を書いたんだぁ!」


それで黒ムシチョウさんにちゃんと伝わったのかなぁ、とノドくんは心配になりましたが
きっと秀吉くんなら解ってくれただろうなぁ、とにっこりしました。







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