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小説 中編 『ジグゾーパズルの一片』 [創作]

彼を突き動かしたものは『怒り』であった。
あたたかい場所を奪われた怒り。
お腹いっぱいの満足な眠りを奪われた怒り。
そして何より今のこの理不尽な暴力ともいえる
訳の分からない真っ暗な状況に閉じ込められるという怒り。

きっとよくないことだという予感はあった。
震えて救いを求めるような兄弟たちの鼻声も、
自分は決してたてるまいと、揺れ動く暗闇の中で四肢を踏ん張って耐えていた。
ようやく車から降ろされて、箱を開けられたとき
彼は兄弟たちをかばうように、自分たちを見下ろす人間をにらみつけた。
「元気でな。いい人に拾われろよ。」
人間は身勝手だ。
散々良い想いをさせてから、自分がいらなくなると余計なものとして捨てる。
それなら最初からなぜ僕らを産ませた。
苦しみをより苦しませるために、幸せな時を与えたのか。
それなら最初から関りを持たせるな。

人間が箱を空けて立ち去ると
ずんと寒さが落ちてきた。
寄せ合っても互いの冷たさが新たな震えを呼んだ。
これ以上ここにいては体力が失われて動けなくなる。
彼は箱に体当たりをしてみた。
箱は少しずれただけだった。
縁にわずかにかかる足でよじ登ろうとするが、何度も背から落ちてしまう。
「諦めない!ここで出来なければ生きて行けなくなるんだ!」
狭い箱の中で、思い切り助走をつけて縁に向かって飛び乗った。
腹のところに縁の角が食い込んで、鋭い痛みを感じたが
彼は後ろ脚をばたつかせてようやく箱の牢獄から這い出すことが出来た。
箱の中から兄弟たちの鳴き声が聞こえた。
どうにか連れ出せないか、何度も箱を調べても噛みついても
箱はピクリともしない。
彼は川べりまで降りるとたらふく水を飲んだ。
みんなにも飲ませてやりたい・・。
胸の大きな痛みとつかえが、涙となって溢れてくるようだった。

なんて・・無力なちっぽけな存在なんだろう。
生きていようが死んでしまおうが、誰も気づかない何も変わらない。
何のために?そんなこと知るもんか。
僕は生きている。まだ生きているんだ。
僕は僕が生きると決めたんだ。

彼は丈高い枯れた草原を歩き始めた。
川を外れると住宅街があり、狭苦しい家々の立ち並ぶその向こうは
川の流れよりも早い自動車が、列をなして同じ方向へ流れて行く。
ふと彼は足を止めて、鼻を空に向けた。
食べるものの匂い。
彼はふらつく足で、その匂いがする一軒の家の前に辿り着いた。
用心深く、ゆっくり垣根の方から中を窺う。
小さな老婦人が、背を丸めて何やら食事を作っているのが
明け放した庭側の窓からみえた。
どうやら焼いているお肉の煙を外に出そうと窓を開けているらしい。
彼はその後ろ姿を凝視しながら、一歩一歩と近ずいて行く。
自然にあふれたよだれが、ぽたりぽたりと地面に落ちるのも気づかない。
老婦人が肉を皿に盛ると、振り返ってテーブルに置こうとした・・
と、彼女は今まさに窓から足を家に踏み込もうとしている小さな犬に気が付いた。
「ぶたれる!逃げなくちゃ!」
彼は腰は引けているのだが、足が勝手に前に進んでしまう。
老婦人はそんな彼を驚いたように見つめたが、すぐにまた後ろを向いた。
そして棚から小さな皿を取り出すと、盛り付けた食事を少し取り分けた。
「なんとまぁ。かわいらしいお客さん。お腹が空いているんだね?」
彼女は静かに少し離れたところにその小皿を置いた。
「おいで。たんと召し上がり。」
彼はおそるおそるその小皿に近付くと、老婦人の方を見ながら一口食べて、
さっと後ろに飛びのいた。
口の中にひろがる温かさ・・。それが胸に落ち腹に落ちてゆく。
ああ・・うまいなぁ。
そしてもう一度小皿に近付き、今度は顔を埋めるようにして貪り食った。

それを見て老婦人はそっと冷蔵庫から出した牛乳を鍋にかけて温めた。
すこし冷ますと、別に小皿にそれを注ぎ、子犬の横に静かに置いた。
「迷子になったのかね?かわいそうにねぇ。」
老婦人は、ゆっくりと子犬の頭に触れた。
彼は少しびっくりはしたが、逃げることはしなかった。
口だけは一生懸命動かしてはいたが。

きれいに平らげると、今度は眠くなってくる。
老婦人のそばはあたたかく、柔らかなバスタオルはとてもいい匂いがして
それにくるまれると、なぜかとても安心できた。
老婦人は笑いながら、
「うちの子になってもいいんだよ?」と言っていたのはほとんど夢の中ではあったが
尻尾を大きく振って応えたのだけは、なんとなく覚えていた。

それから二人の共同生活が始まった。

老婦人は独り暮らしだったが、ひっきりなしに人が訪れた。
彼女の話では、その人たちは「はんばいいん」という種族らしく
彼女の持っている「お金」というものが大好きらしい。
「お金」をみんな持って行かれると、彼女はとても困るらしいので
僕の仕事はその「はんばいいん」たちを追い払う事だ。
その代わり彼女は、僕の食事とお散歩と
あったかい寝床を用意してくれることになった。
足の少し不自由な彼女のお散歩は、僕のペースじゃなく
彼女に合わせるもので、「いい運動」というものになるらしい。
僕はすぐ彼女が大好きになった。

部屋の中に敷き詰められた新聞紙のがさがさもようやく外され
毎日通った河川の匂いに兄弟たちを探すのも、儀礼的になってしまった頃
事件が起きた。
毎朝良い匂いで目覚め、彼女の姿をみつけて挨拶をするのだか
今日はなんだか部屋が寒々しい。
僕は彼女の姿を探した。
まだ布団の中にいるらしい。
鼻先でちょんと顔をつついてみる。
薄く目を開けて何か言うのだが、聞き取れない。
なにか・・おかしい。
そうだ、匂いだ。いつもと違う。何か違う匂い。
僕は彼女のパジャマの袖をひっぱる。
だめだ・・。動かせない。
人間の手を借りなくちゃだめだ。
無力だった自分を、いなくなった兄弟たちの姿がふと頭をよぎる。
大事な僕の家族。
喪って・・たまるかっ!
僕は家を飛び出した。
走って走って走って走って
お散歩途中でいつも挨拶するヒゲ面の親父のところまで駆け抜けた。

呑気に家の前であくびをしている親父の前で激しく吠えた。
「なんだなんだ?」
びっくりしている親父が目を丸くしている。
僕は何度も吠えて、後ろを向いて駆けることを繰り返した。
しばらくきょとんとしていた親父も、
「シズさんのところのコタロウだよな?ついてゆくのか?」と車に乗り込んだ。
僕は急いでまた家に戻る。
すぐ後ろをヒゲ親父の車がついてきて、家の前につくなり飛び降りてきた。
「シズさん!シズさん!どうした!なにかあったのか?」
玄関をがたがたして鍵がかかっているので、庭から親父が入ってきた。
「すまんがあがるよ!コタロウどこだ?」
僕が顔を出すとすぐに親父が老婦人のところに駆けつけて声をかけた。
「シズさん!どうした?具合が悪いのか?起きられないのか?」
彼女がまた薄く目を開けて微かにうなづいた。
ヒゲ親父は見かけに似合わずてきぱきと救急車の手配をすると、
僕の頭を優しく撫でた。
「でかしたぞ。よく知らせてくれたな。大丈夫。シズさんは心臓が悪いから
きっと発作を起こしたんだな。」
直ぐに救急車のサイレンが近ずいてくる。
ヒゲ親父は外に出て救急隊員を誘導すると、大きな声で言った。
「シズさん、心配するな。コタロウは僕がしばらく預かるから。
後の事は気にしないで、元気になってもどってきてくれよ?。」

両の手を合わすようにした老婦人がストレッチャーに乗せられて搬送された。
その後ろでヒゲの親父と犬がいつまでも見送っている。
「お前すごいな。誰も出来ない事、したんだぞ?
人の命を、今救ったんだぞ?」
コタロウと名付けられた犬は静かに尻尾を振った。
「まあ、家族だからね。当然のことをしたまでさ。」
「お前もなかなかのもんだったよ。ちゃんとわかってくれたからね。」
ひとりと一匹は同時に顔を見つめ合った。
そして同時にふっと笑った。

僕が生き延びてこうしてここに来れたから、シズさんは死なないですんだのか。
それなら僕は生きてきたことは無意味なんかじゃない。
大事な人を守ることが出来たんだから。
シズさんが戻ってきたら、もっといっぱいお話をしよう。
そうだ、僕の兄弟の話もしよう。
美しかった夕日の話もしよう。
まるまるとした雀が僕のご飯をたべちゃった話もしよう。

家族なんだもの。
相棒なんだもの。

かけがえのない人なんだもの。

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小説 中編 『ジグゾーパズル』 [創作]

温かくて安全な「おかあさん」のところから、
僕たち兄弟は次々と不思議な匂いのする、狭くて四角い場所に入れられて
直ぐにふたを閉められた。
べりべりと大きな音がして、四角い箱の隙間から見えていた明かりが
次々に塞がれてゆく。
僕たちはなるべく箱の真ん中によって、身を寄せ合った。
直ぐに持ち上げられる感覚がして、外に連れて行かれた。
初めての匂い。湿った土の匂い。
僕らは人間というものと暮らしていた。
この人間が僕らのおかあさんに食べるものを運んできていた。

おかあさんはどうしているのかな? 
おかあさんは知っているのかな?

一度この人間が僕を持ち上げようとしたとき、
おかあさんが低い声で怒ったのを僕は知っている。
その時この人間はおかあさんの頭を、履いていた履物でぶったんだ。
それから僕は煙たい嫌な匂いのするこの人間が来ると
直ぐに隠れるようにしたんだ。
今回はぐっすり眠っていて、つい油断しちゃったんだな。
ふわふわ動いていた箱は、大きな音のする機械の中に人間と一緒に入れられると
低い鳴き声をあげながら、真横に走り出した。

僕らは身を寄せ合い、吐きそうなのを我慢して震えていた。
体が箱の中で大きくバウンドすると、大きな機械は走るのを止めた。
お水が沢山流れる音がする。
僕らの箱は持ち上げられると、地面におかれた。
草と土のいい匂いとお水の匂い。いろんな生き物の匂いがする。
べりべりとまた大きな音がすると、箱の上が開けられて、
人間の大きな姿がいっぱいに広がった。
「元気でな。いい人に拾われろよ。」
人間はそう言うと、そのまま大きな機械のところに行き、そのまま行ってしまった。

おかあさーん。
おかあさーん。
ここは寒いよ。
お腹が空いたよ。
おかあさーん。

僕らは互いにくっついて暖を取りながら震えていた。
しばらくすると一番大きな兄弟が、箱からようやく前足をかけて外に転がり落ちた。
いかないで。おいてゆかないで。
僕も
おそとにゆきたいよ。
おかあさんのところに帰りたいよ。
しばらく箱の周りをくるくるしていた彼は、やがていなくなった。
寒くてひもじくて怖い長い長い時間。
残された兄弟たちはもう鳴く元気もなくなっていた。

喉が渇いてお腹が空いて、目を開けるのも億劫なころ、
足音が沢山聞こえてきた。
人間が来た。
5人ほどだろうか、耳障りな声に僕はますます箱の中で身をすくめた。
「おい、犬がいる。捨て犬だ。」
ひとりが頓狂なこえをあげた。
「今時段ボールかよー。」
「保健所つれてゆけよ!薬殺で楽に死なせてもらえるぜ。」
「もう死んでんじゃね?」
ひとりの少年が大声で笑いながら、段ボールを蹴飛ばした。
もうひとりも歓声をあげて、続いて蹴り上げた。
ざりざりざりと音を立てて、段ボールは川に滑り落ちてゆく。
段ボールごと、僕らは川に浮いていた。
川の流れは速く、段ボールはくるくると回りながら下流へと流されてゆく。
少年たちはしばらく見ていたが、そのまま新しいゲームの話をしながら行ってしまった。

川の流れに翻弄されながら段ボールは速さを増し、川の中腹まで僕たちを運んでゆく。
段ボールの箱はすでに原型を留めることも出来ずに、急速に水の中に沈んでゆく。
あっという間に冷たい川の水に、僕たちを放りこんだ。
懸命に手足を動かす。
前の方に流れていた兄弟の頭がひとつ沈み、またひとつ沈んで浮いてこない。
それを横目に見ながら、ただ懸命に痺れた四肢を動かそうともがいていた。

どうして・・?
僕がなんで・・?
おかあさん、おかあさん、おかあさーん・・。
もう・・つかれたなぁ・・。

そう思った時に、不意に体が軽くなった。

おかあさん・・。怖い夢を・・みたんだよ・・?

そうつぶやくと、彼は意識を喪ってしまった。



今日は早々に仕事を切り上げて、彼は家路を急いでいた。
「カナデちゃんは喜んでくれるかなぁ・・。」
手には大きなリボンのかけられたぬいぐるみの箱がある。
娘の5回目の誕生日
目に入れても痛くない、という意味を彼は娘が出来てから初めて味わった。
笑うと天使。泣いてもかわいい。
寝ていてもこんなかわいい子がいるのだろうかと見惚れてしまう。
そんな様子を妻はいつもおかしいと笑う。
その妻も、今日は大きなチョコレートケーキを作るんだと言って、
朝から気合が入っている。
川から吹き上げてくる風はもうすっかり冷たくなって
秋から冬の始まりをそろそろ感じさせる。
首をすくめて何気なく川に目をやると、
彼はその小さな頭が浮き沈みしているのを見てしまった。
「犬だ!」
「なんてことだ。まだ子犬じゃないか。」
彼は川べりまで走って降りて行く。
川の真ん中あたりの枝ような漂流物に子犬は引っかかっている。
それもすぐに外れてしまいそうだ。
彼は上着とズボンと、靴と靴下を脱ぎ捨てると、
荷物をその上に置きざぶざぶと川に入り込んだ。
心臓をつかまれるような水の冷たさに、一瞬ひるむが、
そのまま川の中を歩き出した。
水かさは徐々に増してゆき、すでに腰のあたりまで来ている。
上流に比べれば、いくらか穏やかな流れとは言え、
気を抜けば体ごと流れに持って行かれる。
なにより冷たさで足の感覚がなくなってきている。
彼はできるだけ手を伸ばして、子犬を捕まえようとして、はっと気づく。
「僕・・犬は苦手だったんだよな・・。」
その時ひっかかっていた犬の前足が外れ、
犬の体がすいっと彼の方に流れてきた。
慌てて彼は手を伸ばして子犬を抱きしめた。
そのまま岸辺に向かう。
「おい・・生きていてくれよ・・。死ぬなよ・・。」
岸に這いあがると、彼は上着に入っていたハンカチでごしごし子犬をマッサージした。
それだけではまだ濡れているので、
シャツを脱ぎそれでくるんでその上から上着でくるんだ。
「今日は娘の生まれた日なんだ。特別な日なんだ。
絶対に助けるからな!」
彼は足をもつれさせながらズボンを履き、靴をひっかけると
荷物もくるんだ子犬も一抱えに抱えると、
帰路にある獣医師の看板を目指して走り出した。

「おいおい・・。君の方がびしょびしょじゃないか。」
眉の濃い獣医がタオルを放ってよこすと、診察台に子犬を乗せた。
「川から拾い上げた時体をごしごししたら、かなり水を吐いたんです。」
彼はありがたく借りたタオルで自分の体を拭きながら診察台の子犬を見つめた。
「うん。・・・それがよかったみたいだね。
栄養状態もそれほど悪くないし、ダニもついていない。」
「もう離乳も終わっているようだね。
あったかいご飯をたらふく食ったら元気になると思うよ。」
「・・・で?この子は君のうちの子じゃないのだね?」
「はい。」
「それだけ一生懸命助けた子だ。君のところで飼ってあげることはできないの?
僕のところはもう手一杯だから、保健所に連絡して前の飼い主を探すかい?」
「でも見つからなったら、処分されちゃうんでしょう?」
「里親という事も出来るけど、まだまだ数少ないからねぇ。」
「家族に聞いてみます。連れて帰って大丈夫かな・・?」
「あったかい点滴したから、直ぐに目を覚ますと思うよ。
ちょっと擦り傷程度の怪我はあるけど、骨まではいっていないしね。
丈夫な子だ。」
「ありがとうございました。」
彼はそっと子犬の頭から体を何度も撫でた。
子犬の目があいて彼の目と合う。
「大変な目に遭ったね。僕のところに来てくれるかい?
せめて元気になるまで僕の家族と一緒に暮らしてみないかい?
きっと愉快だと思うよ。」


あったかい手だった。
心地よい優しい手だった。
嬉しくて安心して泣きそうになった。
そっと舐めてみる。
「うん。ありがとう。
僕はあなたと一緒にいたい。」

獣医が気に入ってもらったようだね、と笑った。
彼は心底嬉しそうな笑顔でもっとたくさん撫でてやってから、
タオルと上着にくるんだまま
プレゼントの箱を小脇に抱えて家まで走って帰った。

「お帰りなさーい!おとーさんっ!」
カナデが玄関先まで走って出迎える。
「お母さんが大きなチョコレートケーキ焼いたの!」
「お誕生日、おめでとう、カナデ。今日はご馳走だね。
ちょっとおかあさん来てくれるかな?」
「おかえりなさい。お疲れさま。どうしたの?」
エプロンで手を拭きながらメグがにこにことでてくる。
とすぐにびしょ濡れでよれよれの彼に目を見張ると、
そのままお風呂先にどうぞね?
と着替えをあわてて用意してついてきた。
簡単にいきさつを説明して、上着の下に隠していた子犬をみせると
メグは目を真ん丸にして子犬を見つめる。
「ああ、なんてかわいい!
これはこの子を飼う運命なのだと思うわ!
ねえ、家で飼いましょう?
あなたが苦手とおっしゃるから、今まで我慢してたの!」
彼は子犬ごとメグを抱きしめた。
「よかった・・。君が賛成してくれて・・。
うんとかわいがって大事に育てて行こうね?」
「はい!」
「さあ、お誕生会、二人分だね?急いで支度しよう。」
「そうね!カナデ喜ぶでしょうね。
・・・あら・・?」
メグは子犬のお腹の模様をそっと撫でた。
「これと同じ模様、昔飼っていたチコにもあったわ。」
そしてカナデとそっくりな、少女のような顔で最高の笑顔を彼に向けた。
「・・・やっぱりうちの子になる運命だったのかもしれないわね?」




ふーー、と大きく息を吐いた天使はううんと伸びをした。
「やれやれ。やっと納まるところに納められたよ。」
「また幸せな人生を送って帰っておいでよ。一番大好きな人たちのところでね。」




まだ怪我をしているから優しく・・だよ?と言われて、
カナデはぬいぐるみの箱から出てきた
茶色の子犬と真っ白いうさぎのぬいぐるみを交互に見比べた。
ぱぁっと顔が輝く。
「新しい家族ね!ありがとう!おとうさん!」
そしてそおっと優しく子犬の頭をなでる。
「はじめまして。あなたのお名前はチョコちゃんね?
私の一番大好きなお名前なの。」
チョコがぺろりとカナデの顔をなめた。
きゃっきゃっとカナデが笑う。

メグと彼が顔を見合わせて微笑んだ。




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リヴリー小説 中編 『梅雨の狭間』 [創作]

もうすぐ親友のお誕生日です。

ムシチョウのノドくんは、お誕生日が大好きです。
お誕生日にはおなかいっぱい甘い大きなケーキをいただけます。
最近はあまり元気がない武彦さんも、
お誕生日のお話をすると、にこにこと聞いてくれます。
それにどうして解るのか不思議なのですが
ノドくんの大好きなものや、素敵な贈り物
武彦さんやゼフォンさんや、親友のトビネのイェルクッシェくんが
いつもくださるのもとてもとても嬉しいのです。

ですから親友のお誕生日には、きっときっと喜んでもらうものをプレゼントしたくて
ノドくんは何カ月も前から、一生懸命考えています。

イェルクッシェくんは響鬼さんが好きだし
カッコいいものも好きだし・・
獣の槍もパンダさんもカピパラさんも好きだしなぁ・・
ぽりぽりのお菓子も、甘いカレーも、チョコレートも、
お魚のラーメンも好きだなぁ・・。

ノドくんはすっかり頭を抱えてしまいます。
何が一番喜んでもらえるのかなぁ!
僕がいただいた時に嬉しかったのとおんなじくらい嬉しいものって、なんだろう!

今日もノドくんは一生懸命
イェルクッシェくんのお誕生日プレゼントを考えていました。
あたりはもう真っ暗。
日中のじとじと雨にこもった部屋の空気が
窓を開けるとさああっと一気に吹き飛ばされました。
上空にはぼんやりとしたお月様が、流れる雲の隙間にみえました。

「気持ちいい風だなぁ!」

その時大きな羽音と共に、黒い塊がノドくんのお家に入ってきました。

「わあ!!だれだい!」

ノドくんはあんまりびっくりしたので、尻餅をついたままで
ぶんぶんという羽音を追って目をくるくるさせました。

大きな黒い塊は、ごん、ごん、と音を立てて灯りにぶつかり、天井にぶつかり
ノドくんのお隣に仰向けにひっくり返って6本の足をもごもご動かしました。

「おおーっと、失礼。灯りにつられてきてしまったよ。」

ノドくんはおそるおそる近ずくと、短い前足をひっぱって起こしてあげました。

「大丈夫?ずいぶんいっぱいぶっかっちゃってたよ?」

「ありがと。ありがと。わたしはムグリともうします。」

ムグリは前足で口元の触角をなでつけながら挨拶をしました。

「ムグリさんはカナブンだね!すごく綺麗なぴかぴかの色だねぇ!
響鬼さんのまじょーらからーみたいだ。

ノドくんは初めて見る大きなカナブンに目をぱちぱちさせました。

「ようやく月がでたので、飛行してみたくなってねぇ」

はっはっはっはっとムグリはおなかを揺すって笑いました。

「どうだい?一緒に夜のお散歩としゃれこまないかね?」

ムグリはよいしょよいしょと窓の枠に腰を掛けると、ノドくんを振り向きました。

「うんっ!行こうっ!」

ノドくんはぴょこんと窓に飛び乗り、ムグリの背中に掴まりました。

「ようし、行きますぞ!」

ムグリは力強く硬い翅を開くと、一直線に上空の朧な月をめがけて飛び立ちました。

・・・・と、翅に掴まっていたノドくんはたまりません。

力強い硬い翅の一撃を喉元にくらわされて、羽ばたく間もなく意識を喪うと
放物線を描いて長雨にしっとりと濡れた丈高い草原に落ちて行きました。

「私の翅はすべるかもしれませんので、
しっかり掴まってくださることをお願いしますぞ!」
「私も中々の腕っぷしでね?
まだまだ君くらいのモノなら、軽々っていうところですけれどもねっ!」
「どうぞ安心してくれたまえよ!」

ムグリはノドくんをすっ飛ばしたことなど全く気付かずに、
さらに高く飛んで行ってしまいました。

さてノドくんはというと、たくさんの雨で伸び放題の柔らかい草の葉のクッションに
柔らかく受け止められて、二度三度とバウンドすると
ぽちゃんと大きな水たまりの中に落ちました。
しかしまだ目を開きません。
しかもその朱い体はゆっくりと水たまりの中に沈んで行き、
みるみるお顔が黄色の嘴を残して見えなくなり、それもやがて見えなくなりました。
最後までみえた小さな手の指も、吸い込まれるように水中に没すると
大きな泡がひとつふたつ底から湧いてきたのを最後に
何事もなかったように静かになりました。
しばらく揺れていた水面も、やがて静まり
濁った泥の面には、大きなまあるい月が映し出されていました。

夜遅くに訪ねてきた声に、イェルクッシェくんはぴょこんと飛び起きました。

「武彦さん、こんばんはーっ!」

ゼフォンさんが扉を開けるよりも早く、イェルクッシェくんはお友達の武彦さんの足に
ぎゅうっとくっついて挨拶をしました。

「あれ?ノドくんはお留守番?もう寝ちゃったの?」

ひとしきり武彦さんの体を上ったり下りたりして親友を探したイェルクッシェくんは
大きな頭を傾げて聞きました。
ようやく扉を開けたゼフォンさんに挨拶をした後、武彦さんは沈んだ顔をむけました。

「やっぱりこちらにも来ていないのですね。
昨日の朝からノドくんを呼んでいるんですが、応えてくれないのです。」

こんなことは初めてなので・・と武彦さんはうつむきました。

「イェルクッシェ。ノドくんのところまでとんでみてくれないか?」

ゼフォンさんが声を掛けました。

「まかせておいて!シュッ!」

イェルクッシェくんは響鬼さんのポーズでさっと消えました。


「あれえ?」

そこはいつも見慣れたわだつみのノドくんの家です。

「ノドく~んっ!どこだい?」

きょろきょろと見渡してみてもノドくんの姿はどこにもありません。
イェルクッシェくんはもう一度ノドくんの名前で追跡の技をかけてみました。

・・やはりわだつみの家に出ます。

「ノドく~んっ!ノドく~んっ!どうしたの?出てきてよーっ!
ぼくだよー!イェルクッシェだよーっ!遊びにきたよーーっ!!」

イェルクッシェくんの胸の奥に大きな黒い塊がつかえたような気持になりました。

「ノドくん・・。」

いつも遊んだ木の上、花の陰、かくれんぼした本の間・・。

「ノドくん・・ノドくん・・ノドくん・・。」

頭の隅を、急にいなくなってしまった
幾人ものお友達のお顔が通り過ぎました。
イェルクッシェくんは頭をぶるぶると振って、
喉の奥からこみあげてくる塊を飲み込みました。

僕に何も言わないでノドくんがいなくなる訳ない。
武彦さんにあんな悲しいお顔をさせる訳がない。

イェルクッシェくんはぎゅっと口を固く結ぶと、
一番の親友のゼフォンさんのお名前を唱えました。

ゼフォンさんと武彦さんは、イェルクッシェくんのお顔を見て
ノドくんが見つからなかったことが解りました。

武彦さんの青いお顔をきずかし気に見つめながら、ゼフォンさんが口をきりました。

「イェルクッシェ。心眼でノドくんをみてくれないか?」

イェルクッシェくんは直ぐに目を瞑って答えました。

「お腹は半分くらい空いているけど、ちゃんとみえるよ!」

「夜眠る前に満腹まで食べていたからね。そうか、無事でいるんだね。
ありがとう、イェルクッシェくん。それだけでも解って嬉しいよ。」

武彦さんはそっと小さなイェルクッシェくんの頭を撫ででくれました。
我慢していた涙がぽろりとイェルクッシェくんの頬を伝いました。
武彦さんやゼフォンさんにとって、自分たちがどれほど大切な存在であるか
そのてのひらを通して、通心しなくても痛いほど感じ取れたからでした。

「心配をかけてごめんね。
ノドくんが戻ってきたときに迎えてあげたいから、僕は島に戻るよ。」
武彦さんはそれでもゼフォンさんとイェルクッシェくんに笑顔を作ると
手を振って帰ってゆきました。


さて。
ノドくんはどうしたのでしょう。


ノドくんはぼんやりとした光の中で座っていました。
「ここはどこだろう?」
思わず出した声は変な風にくぐもって、
なにかに吸い込まれるようにふっと消えてゆきます。
見渡す限り白い霧のようで、
まるでミルクの中にいるみたいだなぁ、とノドくんは思いました。
ちょっと怖くなって、自分の手のひらを見ると
心なしか色も褪めて白っぽくなっている気がします。

「おーい。おーい。」

ノドくんは大きな声で叫んでみました。
やはり声はすっと尻切れトンボのように途切れて、
耳が痛くなるような静けさがすぐにやってきました。

「武彦さーん!イェルクッシェくーん!」

上を見上げると、白い空がゆらゆらと揺れているように見えます。
ノドくんは立ち上がると、両手をいっぱいまで前に伸ばして
ゆっくりゆっくり歩きだしました。
指の先にも、つま先にも何も当たりません。
どのくらい長い間歩き続けたでしょう。
ふり向いた道も、もう白い霧の向こうに消えてしまっていました。
ノドくんは不安と恐怖と絶望でぺたんとその場に座り込みました。

「武彦さーん!武彦さーん!たすけてーっ!こわいよぅ!こわいよう!!」

掴んだ地面は白いふわふわとした綿菓子のようでしたが、
確かに地面としての感触があります。
ノドくんはふとそれに気づいて、足元を両方の手で掘ってみました。

するとどうでしょう。

白い地面の下から鮮やかな黒い土が現れました。
色のない世界に突然現れた黒。
ノドくんは夢中で回り一帯を掘り始めました。
今度は鮮やかな緑。
白い霧のような色に埋もれることのない滴るような緑色です。

ノドくんの疲れた顔に、ようやく笑顔が浮かびました。

「こんにちは。君たちは生まれたばかりの葉っぱだね?」

その時上空を揺らして、一陣の風がざあああっと吹き降りてきました。
一瞬目を瞑ったノドくんでしたが、すぐに周りの異変に気付きました。

それは・・音でした。

風に揺れる草の音が周りから一斉に聞こえたのです。

ノドくんの見開いた目に映ったものは
霧がすべて吹き払われた夜の草原でした。

さわさわと風に揺れる身の丈ほどの草の香り。
雨に濡れた土の香り。
耳を澄ますと、静寂の中にも草が伸び行く音さえも聞こえるのです。

そしてはるか上空にはまあるいお月様。

ノドくんの目に、今度は新たな明るい涙が浮かびました。

その時、きらりと目の端に何かが光りました。

ノドくんが近づくと、小さな黄色の種がいくつもお月様の光を反射しています。

「これ・・みたことあるなぁ・・?」
ノドくんはくんくんと匂ってみましたが、そっといくつかを袋の中にしまいました。
これをイェルクッシェくんへのプレゼントにしよう!
きっと素敵な実がなるかもしれないもの!
喜んでもらえたらいいなぁ。
お誕生日、間に合うといいなぁ・・。

武彦さん、イェルクッシェくん・・・早く戻りたいよ・・。

ノドくんはぎゅうっと口元を食いしばって、目を閉じました。


わだつみの家で、武彦さんはノドくんのことを心配して何度も呼びかけていました。
お腹すいているんじゃないか、怪我をしているんじゃないか・・
こちらに来たばかりの頃、家に帰れなくて行方不明になったお友達を思い出して
事務局のパトロールさんにもお願いしてみましたが、まだ何も連絡がありません。

静かにドアを叩く音がして、
ゼフォンさんとイェルクッシェくんが来てくれました。
「武彦さん。もう一度今度はみんなで呼びかけてみませんか?」
「きっとみんなで呼んだら聞こえると思うんだ!」
イェルクッシェくんの後ろには、ノドくんの仲良しのお友達がたくさん来ていました。
ジャスミンさん、ポイトコナくん、秀吉くん 瑞貴☆妃さん・・

「みんな・・ありがとう。」
武彦さんはみんなの優しい気持ちに、胸がいっぱいになりました。

「さあ、いくよーーっ!」
イェルクッシェくんが先頭に立って、声をあげました。

「ノードーくーーーんっ!!ここだよーーーーーっ!!
帰っておいでーーーーっ!」

みんなが口々にノドくんの名を呼びます。
武彦さんもゼフォンさんも一緒に呼びかけました。

「ノドくん。帰っておいで。みんな待っているよ・・。」

武彦さんがそうつぶやいた時
見知らぬ地にいたノドくんは、はっと頭をあげました。

「呼んでる・・。僕の事・・呼んでるっ!

イェルクッシェくんの声だ!武彦さんの声だっ!!」

ノドくんはそのまま助走もつけずにぽーんと飛びました。
懐かしい顔が存在が、ノドくんの体中が満たされていっぱいになります。

イェルクッシェくん!ジャスミンさん!ポイトコナくん!
武彦さん!ゼフォンさん!武彦さん!武彦さん!

会いたい、会いたい、会いたい、会いたい!
今すぐに。
今!!

ノドくんの朱い体がしゅーんと持ち上げられ飛ばされます。

「ただいまぁ!みんなぁ!」

ノドくんは武彦さんの腕の中に抱きとめられ、
すぐに仲良しのお友達にもみくちゃにされました。

「やったぁ!おかえり!ノドくん、おかえり!」

みんなが大喜びで口々に呼びかけました。

ノドくんはもみくちゃにされながら、
少し離れて下を向いているイェルクッシェくんのそばに駆け寄りました。

「イェルクッシェくん。君と武彦さんの声が聞こえたんだ。
ありがとう。僕、戻れないんじゃないかってすごく怖かった。心配かけてごめんね?」
そして、袋から種を取り出すと、そっとイェルクッシェくんの手に握らせました。

「イェルクッシェくん、お誕生日おめでとう!
日付が変わったから、ぎりぎりで間に合ったね。
これ、ぴかぴかの種なんだよ?」

イェルクッシェくんは、じっと手の中の種を見つめました。

その手をまたぎゅっと握りしめると、ノドくんの首に抱きつきました。

「ぼく・・ぼく・・ね?」

そしてシッポまで振るわせて大きな声で泣きだしました。

「僕も・・とってもこわかったんだよ?
プレゼントよりも僕、ノドくんがいるほうがいいんだ。
ノドくんがいてくれるほうがいいんだ。」

そしてふたりは武彦さんとゼフォンさんが、やさしく撫でて眠りにつくまで
ずっとお互いの手を握りしめていました。

「お店が開いたら、
二人の大好きなケーキを買ってお祝いしてあげなくちゃいけませんね。」

ゼフォンさんも安心したように微笑みました。

翌朝、ノドくんとイェルクッシェくんは不思議な黄色い種を
土に埋めてお水をあげました。
そして大きなケーキでお誕生日のお祝いをしました。
ゲームをしたり、おしゃべりをしたり、
みんなはいっぱいお腹を抱えて笑い合いました。

あの不思議な場所の種は、不思議な魔法がかかっているのか、ぐんぐんと伸びて
数日で大きな実をつけました。

「トウモロコシだったんだね!」

ふたりは顔を見合わせてにっこりしました。

甘くておいしいトウモロコシは、お友達みんなで分け合っても
まだ余るくらい沢山実りましたので
半分はゆでたり焼いたり、スープにしたり、パンに入れたり
みんなでお腹いっぱい食べました。
あとは来年もまたそのあとの年も食べられるように、種として残すことにしました。

きっとその甘いトウモロコシを見るたびに、
心で呼び合い、応えることのできた大切な友人を思い出すことでしょう。


最後にふたつほど。

ムグリ氏の名誉のためにもお話をしておかなくては。
ノドくんを振り落としたのに気づいたムグリ氏は
遅ればせながら、仲間を引き連れて捜索隊を編成してくれました。
ただ、みなさんあちこちにごちごちぶつかって怪我ばかりして
ほとんどの時間を薔薇の花の柔らかなベットで休んでおられましたけれどね。

そしてノドくんが落ち込んだ場所はいったいどこだったのでしょう。
ノドくんは、「物事が始まる前の場所」みたいだったといいます。


もしかすると、次元の隙間だったのかもしれませんね。

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リヴリー小説 中編 『はちみつホットケーキ』 [創作]

いつももぐりこんで遊んでいる雑誌と雑誌の隙間から、ピンク色の鼻さきが現れました。
ぐりぐりぐりとお顔が出てくると、ぱっちりと青空のような瞳が開いて、
少し遅れて小さなお耳がびょこんと立ちました。

「やった、お日さまだ!冒険にゆくんだっ!」

ぽすんと平たくなった雑誌には目もくれず、
トビネのイェルクッシェくんは元気に立ち上がりました。

「ゼフォ~ンッ!おはようっ!ノドくんところいってくるねっ!」

親友で飼い主のゼフォンさんが、「いってらっしゃい。」と振り向くと、
もうイエルクッシェくんのふさふさの尻尾の先が、窓の隅から消える所でした。

昨夜の台風で、草原の草の一本一本は
未だたっぷりと水を含んでひんやりとしていました。
その中を元気いっぱい駆けまわるのは、トビネのイェルクッシェくんにはとても爽快でしたが、
草原を抜け出る頃には、その全身は水の中に落ちたようにびしょびしょです。

でも大きく体を揺すって水を飛ばすと、
暖められた陽射しでたちまち元のようにふんわりとしました。

その時イェルクッシェくんは高い悲鳴を聞きつけてぴたりと足を止め、お耳をピンと立てました。

「こっちだっ!」

イェルクッシェくんが声のする方に駆け寄ると、
小さなラビネの女の子が今まさに大きなスズメバチに襲われているところでした。

「こらーっ!あっちいけーっ!!」
イェルクッシェくんは大きな声で叫びました。
薄ももいろのラビネの女の子はイェルクッシェくんに気づくと、こちらに走って逃げて来ました。
「イェルクッシェのおにいちゃんっ!こわいよお!」
「あっ!ももこちゃんっ!」

女の子はイェルクッシェくんと仲良しの、ジャスミンさんの妹のももこちゃんでした。
その背中に、スズメバチの大きな口が迫っています。
まさにその口がももこちゃんの背中に届きそうな寸前、
草に足を取られてももこちゃんが倒れ込みました。
その僅か数センチ上をスズメバチの巨体がかすめてゆき、
イェルクッシェくんも飛び越えて、再び態勢を整えて旋回してきます。

そのすきにイェルクッシェくんはももこちゃんの所まで駆け寄ると、
草むらの安全な所に隠そうとしましたが
転んで傷だらけのももこちゃんは泣いて痛がって、なかなか動かせません。

「がんばってももこちゃんっ!逃げなくちゃ!」

旋回したスズメバチは今度は失敗しないようにと、一直線に迫ってきます。
イェルクッシェくんは覚悟を決めて、ももこちゃんの前に立ちあがると、
まっすぐにスズメバチに向かいました。
「さあ、こいっ!」

その時、眼のくらむ閃光がスズメバチを貫きました。
と同時にイェルクッシェくんとスズメバチの間に、黒い影が割り込んできました。

「その子を連れて、早くゆけ。」

その声と同時に、次の閃光がスズメバチを襲いました。

それは夜の闇のような羽根を広げた、体つきもがっしりとした大きなムシチョウでした。

不意を喰らったスズメバチは、
怒り狂って今度はそのムシチョウに襲いかかろうと向き直りました。

「僕も一緒に戦う!独りじゃ無理だよ!」イェルクッシェくんが叫びました。

黒いムシチョウは不敵な笑みを浮かべて、イェルクッシェくんをちらりと見やりました。

「その心意気はありがたいが、まずその子を安全な所に連れていってもらう方が助かる。
それが出来るのはお前だけだと思うが。」

「でも・・。」

言い淀むイェルクッシェくんに、小さなももこちゃんは泣きながらしがみついています。

再び襲いかかるスズメバチの大きなあぎとをかわしながら、
黒いムシチョウはもう一度イカヅチをその頭上に落としました。

「コイツには貸しがあるんだ。オレ独りで大丈夫だ。
さあ、早くいけっ!」

イェルクッシェくんはこぶしをぎゅうっと握りしめると、叫びました。

「ももこちゃんを置いて、すぐ戻るよっ!すぐだからねっ!」

そしてももこちゃんを抱き上げると、ジャスミンさんのお家に不思議な力を使って飛びました。

「頼もしいな・・。」

黒いムシチョウは思いもかけぬ優しい笑顔で、イェルクッシェくんの消えた場所を見つめました。
そして巨大な敵をしっかりと見据えました。

「今日こそこれで終わりにしようぜ。
・・・来な。」


一方イェルクッシェくんは、ももこちゃんを抱えたま、ジャスミンさんのお家に降り立ちました。

でもあんまり慌てていたので、着地の時に尻もちをついてしまいましたが

それでもその姿が完全に現れる前から、大きな声で叫びました。

「ジャスミンさんっ!ももこちゃんが怪我したのっ!僕、もどらなきゃっ!!」

その声に奥の扉が開き、白くてどろどろした何かがふたつ、
イェルクッシェくんの方に向かってきたのです。

ももこちゃんは一瞬泣きやみ、ふたたび強くイェルクッシェくんにしがみついたものですから

もういちど飛んでゆこうとしたイェルクッシェくんはまた尻もちをつきました。

「ももちゃ~んっ」

「イェルクッシェく~んっ」

その白くてどろどろしたものが二人の名前を呼んだモノですから
ももこちゃんは金切声をあげて、足をふみならしました。

イェルクッシェくんはしばらくお目々をぱちぱちしていましたが、
たちまちふわふわの尻尾を、デッキブラシのようにぴんと立てました。

「マカモウだなっ!来いっ!僕がこらしめてやるっ!」

その勇ましい言葉にもオバケ達はひるむことなく、ずんずんとイェルクッシェくんに迫ってきます。

「ちがうちがうっ!僕だよ、ノドだよ~っ!」

「私よ、ジャスミンなの!」

二人の必死な声に、イェルクッシェくんはあれ?っとお首をかしげました。

そしてお鼻を空に向けてアハハハハハッ!と笑いだしました。

「なあんだ、ノドくんとジャスミンさんだぁ。何して遊んでいたの?」

「遊んでいたんじゃないよ―。ジャスミンさんのホットケーキを作るお手伝いをしていたんだよー。」

ノドくんがお顔の前の白いどろどろから、ようやくお目々だけ出すのに成功して言いました。

くりくりとしたお目々がのぞくと、またイェルクッシェくんは大笑いをしました。

「アハハハハハ!おかしいなあ!ノドくんだ!ホントにノドくんだ!」

腰に手をあてているらしいシルエットのジャスミンさんが、ようやくくもぐった声で言いました。

「ノドくんに小麦粉とミルクを混ぜてもらっていたらね?
ノドくんたら、わざわざ私の前でつまづくんだもの。」

「それでボウルごとジャスミンさんに・・。僕、拭いてあげようとしたんだよ?
でも僕までべたべたになっちゃって・・。」

そしてノドくんとジャスミンさんはお互いを見つめて、ぷっとこらえ切れずに笑いだしました。

イェルクッシェくんがノドくんに「びっくりしちゃったなぁ!」と笑いながらしがみつくと、
イェルクッシェくんも真っ白どろどろになりました。

「すごいかっこうだね。」

「なんだか固まってきたみたいで、ごわごわしてきたわ。」

泣きべそをかいていたももこちゃんまでが、ようやく笑いがおさまってくると、
ふとジャスミンさんがいいました。

「ももちゃん、怪我したって言ってなかった?」

「あっ!」

「あっ!」

ももこちゃんとイェルクッシェくんが同時に叫びました。

「僕戻らなくちゃ!黒いムシチョウさんが戦っているんだっ!」

「大きなスズメバチがきたの!」

さっとジャスミンさんとノドくんの顔が青ざめました。

「怪我をしたの!?」

ノドくんが叫ぶように聞きました。

「だいじょうぶ。ももが転んだだけ。
でも助けてくれた黒いムシチョウさんが、ひとりで戦っているの!」

「よし、ジャスミンさんはももこちゃんをお願い。僕とイェルクッシェくんでいってくるっ!」

「でも・・っ!二人で行ってもスズメバチじゃあ・・っ!」

「大丈夫。勝てなくても、追い払うくらいできるよっ!心配しないでっ!」

「シュッ!」

言葉も終わらない内に、ノドくんとイェルクッシェくんは、戦いの場所へ飛び戻ってゆきました。


焼き焦げた草と、なんともいえない嫌な匂いがまず鼻を打ちました。
その次は激しい稲光と雷鳴が響き渡り、距離を開けて飛び降りた黒いムシチョウの姿と
それに追いすがり、
掴みかからんばかりの大きなスズメバチの焼け焦げた頭が、視界に現れました。

たったひとりの攻防で、流石の黒いムシチョウも息があがっているようですが、
眼光だけは鋭くスズメバチを圧しているようでした。
ただいくつも黒い羽根が地面を舞っている所をみると、決して無傷ではないようです。

「こらーーーっ!!小さい子をいじめちゃだめだよーーっ!!!」

ノドくんの横で、とてつもなく大きな声が鈴の音と共に鳴り響きました。

黒いムシチョウの手助けにと駆けだそうとしたノドくんは、思わず立ち止まり
黒いムシチョウとスズメバチは同時に振り向きました。

そこには真っ白などろどろした何かが、
鈴を振りながら何か大声で叫びながらつっこんでくる所でした。

スズメバチはシュッと後ろに飛び退きました。
少し逡巡するようにその場で翅を震わせ、空中に止まっておりましたが
もう一度鈴が高らかに鳴り響くと、すーーっと森の方へ姿を消してしまいました。

そのスズメバチの姿を、しばらく鋭い眼で見上げていた黒いムシチョウは、
そのまま空を見上げて、やがて穏やかな低い声で言いました。

「今回は君たちに助けられたな。
・・・今度会った時は、とどめをさすよ。」

そしてこちらを振り向く事も無く、森の中へ歩み去りました。


「ももこちゃんを助けてくれてありがとうって言いたかったのに。」
イェルクッシェくんが大事な鈴をしまいながら言いました。

「うん。僕、何にもしなかったのになぁ・・。」

ノドくんはおともだちの秀吉くんだったよなぁと首をかしげていました。
でもあんまり厳しい様子に、声をかけてはいけない気がしてその後ろ姿を見送りました。

「ああこれ,ももこちゃんのお買い物だったんだね。」
イェルクッシェくんが地面に落ちて割れてしまった瓶と、
その近くに転がっていたお買い物かごを見つけました。
「くんくんくん。甘くておいしそうな匂いがするね!」

ノドくんもイェルクッシェくんの近くにゆくと、メープルシロップの甘い香りがしました。
「そっかぁ。きっとホットケーキにかけるのを買いに行ってくれていたんだね。
・・・・でもこれじゃあもう使えないね・・。」

そしてべとべとの小麦粉が固まりだして動けなくなってきたイェルクッシェくんとふたり、
せーの、一緒にと声をかけて、
心配しているジャスミンさんの家まで、魔法の言葉でとんでゆきました。

みんな無事で本当によかった、と、
そのままでずっと青い顔で待っていたジャスミンさんは、ようやく涙を拭くと、
お着換えしてくるね、と奥に入ってゆきましたので
ノドくんとイェルクッシェくんは、包帯をまかれたももこちゃんを連れて、近くの川まで走りました。

川のお水は冷たくて、
ふたりとも修行だ、修行だといいながら、お互いの体をごしごしじゃぶじゃぶ洗うと、
イェルクッシェくんはなんだかいつもよりつやつやな毛なみになり
ノドくんもぴかぴかの羽根になったようです。

大きな岩の上で、お日さまと風で濡れた体を乾かして、
イェルクッシェくんのしっぽがまたふわふわになる頃
ふたりの間でいっしょに寝転んでいたももこちゃんが言いました。

「おにいちゃんたち、助けに来てくれてありがとう。
ほんとうにこわかったの。」

イェルクッシェくんはぴょおんと飛び起きると、胸を張りました。

「鍛えているからねぇ!」

ももこちゃんはにこにこしていましたが、ちょっぴり残念そうに言いました。
「今日はおいしいホットケーキ、食べたかったのにな・・・。
シロップをももこ落としちゃったの・・。」

ノドくんとイェルクッシェくんは顔見合わせました。

その時ノドくんがあっ!と言って立ち上がりました。
「そうだっ!僕、前の年に森の中でみつけたんだよっ!
みんなで行こう行こう!・・あるといいなぁ!」

「なになに?」

「冒険だねっ!」


ノドくんは二人の手を引いて、川の向こう側の森の中に走りだしました。

しばらく走ったところで、ノドくんが立ち止まって、こんもりした木を指さしました。

「やったぁ、あったあった!ほらみて!」
「わぁ!」
「いっぱい実をつけているね!」

それは大きな木イチゴの茂みでした。

「ホットケーキの上にこれをいっぱい乗せたら、きっと甘くなるよ!」

「わぁい、わあい!」

ももこちゃんはぴょんぴょんととび跳ねると、
ポケットの中から大きなハンカチを出して摘み始めました。
ノドくんも赤くて美味しそうなのを選んで、そおっとそのハンカチにいれました。

イェルクッシェくんは高い木の所についている大きな実を上手に採って来てくれました。
たちまちハンカチには赤いぴかぴかした宝石のような実がいっぱいになりました。

「おねえちゃん、喜んでくれるかなぁ?」
「おいしいって言ってくれるといいね!」

3人が実を潰さないようにそろりそろりと家に戻ると、戸口のドアノブに何かかかっています。
袋に紐がつけられて、中に何か瓶が入っているようです。
3人がそおっと開けてみると、金色に光るとろりとした液体が瓶の縁あたりまで入っています。
ノドくんが器用にお指を使って蓋をはずすと、優しい甘い匂いがしました。
3人は声を揃えで言いました。

「はちみつ!!」

「きっと秀吉くんが、割れちゃった瓶を見て、
代わりのはちみつを持ってきてくれたんだっ!」

「やさしいなぁ!」

素敵な贈り物と、ぴかぴかの真っ赤な木イチゴをテーブルに並べると
ジャスミンさんは頬を薔薇色に染めて微笑みました。

「これで美味しい美味しいホットケーキができるわ。」

ジャスミンさんは新しいエプロンをきりりとつけると、魔法のような手際の良さで
次々とキツネ色にふんわりとまあるいホットケーキを、お皿に重ねてゆきました。
お部屋の中にはバターと小麦粉とお砂糖の焼ける、幸せな香りでいっぱいです。

ノドくんも、イェルクッシェくんも、嬉しくなって
ふたりで邪魔にならないように、「美味そうで嬉しい踊り」を
ああでもないこうでもないと踊りました。

ももこちゃんはそっとジャスミンさんの所に近付くと、エプロンのすそをつんつんとひっぱりました。
なあに?とかがむジャスミンさんの耳元で、つま先立ちで一生懸命お話ししています。
ジャスミンさんはにっこり微笑むと、戸棚から綺麗な小さな紙の箱を取り出しました。
そこに真っ白な紙ナプキンを敷きました。
お皿から3枚のホットケーキを中に入れると、ぴったりと治まりました。

なあになあに?とノドくんが覗きに行くと
「黒いムシチョウのおにいちゃんにあげるの。」とももこちゃん。
「そっかぁ!」
「いっぱいありがとう、っていう気持ち届くかなぁ・・?」
「よしっ!僕に任せておいて!」
後から来たイェルクッシェくんが箱の中をごそごそとすると蓋を閉めました。
「これで大丈夫っ!黒いムシチョウさんの所にみんなで行こう!」

みんながにこにこしながら大急ぎでムシチョウの家から戻ってくると、
片付いたテーブルには、
真っ赤な木イチゴがたっぷり乗った、あつあつのホットケーキが並べられていました。

「さあ、熱いうちにいっぱい召し上がれ!」

みんなは歓声をあげて椅子に座ると、元気よくいっただきまーすっ!と声を揃えました。

たっぷりとかかったはちみつと、あまずっぱい木イチゴの熱々のホットケーキは
みんながお腹がぱんぱんになるまで食べても、まだ食べられそうな気がしました。



さてその少し前、抑えられたくすくす笑いを扉の外に感じ、
黒いムシチョウはふと脇の傷の治療の手を止めて、いぶかしげに扉の方を見やりました。
それがさざ波のようにひくのを待って、彼はそっと扉を開きました。

そこには誰の姿も無く、綺麗にしつらえた紙袋だけがぽつんと置いてあります。
中を開くと、また紙の箱があります。

彼はしばらく戸惑ったようにその箱を見つめていましたが、
家のテーブルまで運びこむと蓋を取りました。
中にはキツネ色にふんわりと焼けた、まだ温かなホットケーキが入っていました。
その上に木イチゴが不規則に並んでいます。

しばらくそのホットケーキを見つめていて、
彼はようやく木イチゴで字が書かれているのだと気づきました。
苦労してようやく解ったのは

『し1之る>U之』という文字。

「これはなにかの暗号かな?」

黒いムシチョウは眉間にしわを寄せて、しばらく腕を組んでその文字を見つめると
頭を右にしたり斜めにしたりして考えました。

そして目をつぶると、突然あっ!っと声をあげてもう一度見直すと
天を向いていきなり大笑いをしました。

「な、なんで・・・。あはははははっ!
ちびさんと作ったんだなっ!あはははははははっ!!」

いて、いて・・とわき腹を抑えながらもうひとしきり笑うと、
「ごっそさん。」といってペロリと三口ほどで綺麗に箱を空っぽにしてしまいました。

その瞳には先ほどまでの暗い怒りはすでになく
穏やかに澄んで、楽しげに細められたままでした。


さてこちらは、ジャスミンさんの明るいお庭の柔らかな草の上です。
仰向けに寝転がってぽんぽんのお腹をさすりながら、ノドくんはイェルクッシェくんに聞きました。

「黒ムシチョウくんにあげたホットケーキに、さっきももこちゃんと何をしていたの?」

「ありがとうの気持ちをたくさん詰めていたんだよ?」

「気持ち?ありがとうって書いていたの?」

「それはジャスミンさんとももこちゃんでいっぱい込めてあったからね?
『僕も』って書いたんだぁ!」

「僕もって?」

「それじゃあよく解らないと思ってね?
僕の名前を書いたんだぁ!」


それで黒ムシチョウさんにちゃんと伝わったのかなぁ、とノドくんは心配になりましたが
きっと秀吉くんなら解ってくれただろうなぁ、とにっこりしました。







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小説 短編 『晩秋』 [創作]

狭いアパートの階段をいつもの通り、意味も無く数えながら降りてゆく。
雨にあたらないように停めてある自転車簡易なカギをはずすと、
金属に触れた指先がひんやりと冷たい。
カギをしまい、まだ靄のかかっている道まで自転車をひいてくると、朝の喧騒が耳をうつ。

また朝が来た。
僕の心なんてお構いなしに
また新しい一日が始まったんだ。



「人は何のために生きていると思う?」
とミオは手に持っていた厚めの図書室の本を、ぽんと音を立てて机の上に置くと
僕の顔を覗き込んだ。
彼女の話はいつも唐突だ。
「死ぬのが面倒だからだろう?」
僕は週刊の漫画雑誌から眼もあげずに応えた。
「リョータくんたら、ちっとも真面目に考えていないでしょ。」

開け放した窓からサッカー部の掛け合いと、遠くで吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
傾いた陽がやわらかく校舎を包んで、そろそろセピア色に変わろうとしていた。
少人数の同じ中学の出身だった所為か、クラスが同じになると、
気心も知れている上に、帰る方向が同じな事もあって、
なんとなく僕らは時間を合わせて学校を出るようになった。
図書委員会のあるミオを、帰宅部の僕が待っているのがいつもではあったが。

ミオは決して美少女ではないが、笑うと大きな目が猫のように細められ
それがあんまり楽しそうにみえるものだから、見ているこちらまで心楽しくなってしまう。
そしてなによりも、その性格の明るさと、優しい気配りができるので
中学時代から男女の分け隔てなく友人が多かった。
高校に入ってからはクラス公認!とよく冷やかされたが、
僕はむしろそれがなんだか嬉しいくらいだった。
でも僕らは手をつなぐでも無く、中学の時と同じように
とても仲の良い気の合う友人同士で、それ以上でもそれ以下でも無かった。

校門からバス停までのだらだらした細い登り道を、僕らは何も言わずに歩いた。
ミオは少し僕から離れると、道の両脇に丈高く茂っているススキの穂をそっとなでた。
「うふふふ。やわらかい。一面の金色ね。」
彼女はハイタッチをするサッカー選手のように、
両脇のススキの穂を、順番にぽんぽんと触れていった。
道の端と端をくるくると回りながらなでてゆくものだから、
セーラー服のスカートといっしょに、肩までのさらさらした髪まで
まあるく円を描いて広がった。

まるで小さな少女のようだった。

遠く沈む夕焼けの最後のゆらめきが、踊るように先をゆく彼女を
輝くオレンジ色に浮かびあがらせて
僕は一枚の宗教画の前にいるような、崇高で胸が痛くなるような感動を覚えていた。

暗い森の中を何日も彷徨い歩いた末に見つけた、山小屋の小さな灯火のような。
長い病の末にようやく目覚めて、そこに優しい母の笑顔を見つけたような。

きっと僕はこの風景を、この先何十年経っても鮮やかに覚えている。
遠い日に故郷を想う時にもきっと思い浮かべるだろう、ふとそんな事が頭をよぎった。

ミオは息を切らして戻ってくると、にっこり笑った。
「わかったわ。きっとこの美しい世界をいっぱい楽しむためだわ。」
その紅潮した頬と、きらきらとした瞳と屈託の無い微笑み。
僕はきっとこの瞬間にミオに恋をしたのだと思う。
まさしくすとんと落ちたこの想いに、
僕は彼女が何に対して『わかった』のかさへ、理解できていなかった。

ミオの優しい仕草やさり気ない気遣い、弱い者を守ろうとする正義感。
その時々のミオが僕の中で駆け巡った。
思わずそのひんやりとした華奢の指先を握りしめたまま、
彼女と共にどこまでも歩いて、美しい世界をもっとたくさん見せてあげたいと本気で考えた。
僕の道の隣にいるのは、ミオであって欲しい。
この手は決して離してはいけない。

僕は自分でも戸惑いながら、しどろもどろに自分が彼女の特別な人間になりたいと伝えると、
僕を見つめるミオの大きな瞳から、涙がぽろぽろと溢れた。
「そんなこと・・。私にはもうずっとリョータくんは特別だったのに。」
そして涙のままの笑顔で、僕の両手をぎゅううっと握り返した。

それが僕らの最良の日々の始まりだった。


僕らはいつも微笑みあった。
時には怒り、いくつかの涙も流したが、
そんな喧嘩をして泣きながらでも、彼女は僕と共にいてくれた。
どんな出来事も哀しみも、僕らをひき離す事はできなかった。

彼女は僕自身よりも僕の事を深く理解してくれていた。
僕らはもともと魂がひとつであったように、どんな時でも一緒にいた。

そんな日々はずっと続くものだと信じていた。

そう、続くべきなんだ。




僕は自転車をいつもの駐輪場に停めた。
大きな門を入ると、そこは広く明るいエントランス。
ここはいつも静かだ。
エレベーターを待つこの数分間。
いつも胃がぎゅうっと掴まれるような感じがする。

大きく息を吸い込んで、扉を開く。

ミオは車椅子に座ってこちらを見ている。
実際は顔をこちらに向けている、が正しい。
彼女の瞳は僕の姿を映しても、もう何も反応はしない。

「やあミオ、きたよ。」
僕は途中で抜いて来たススキを三本、
大事にそっと上着のポケットから出すと、ミオの手に握らせた。

「ほら。ミオの好きな美しい世界だよ。」
ミオの表情がほんの少し動く。
手がススキの穂を慈しむようにあてられている。

「まあ。」付き添っていた中年の介護士が声をあげた。
「今日はちゃんと解っているようですね。嬉しそう。」
「これでも笑っているのですよ、ミオは。」
「そうですね。」

介護士はミオに向き合うと、耳元で大きな声をあげてゆっくり話した。
「ミオおばあちゃん、よかったね?だんなさんがススキ持って来てくれたのね?」

ミオの目がしばたいた。
きっと脳の遠い所で、ミオも僕と同じ風景を見ているのかもしれない。


広大な世界の中で僕を見つけ、愛してくれた。
他の誰にも替わる事の出来ない、唯一のかけがえのない女性・・・・・・ミオ。
初めて会った子供の頃から、こんなに長い間僕らは一緒に歩いて来たんだ。
哀しませた事もいっぱいあった。
君の口癖の『大丈夫、大丈夫。』が聞きたい。
せめてあの笑顔をもう一度見る事が出来れば、どんなに幸せだろう。

それでも・・。

ねぇミオ。

僕は目覚めると毎朝君のことを考える。
君が僕にくれたたくさんの日々の事を考える。

そうだよ。
君は僕に明日へ向かう勇気を毎日くれている。
ただそこに息をして、存在しているだけにしても。


人は何のために生きているのだろう。
ミオが言ったように、この美しい一瞬を楽しむためかもしれない。
でも僕は今思う。

人は誰かのために・・・
誰かに勇気を与えるために
頑張って生きてゆくんじゃないだろうか。
ミオが僕にこうして、今でも与え続けてくれているように。

ありがとう、ミオ。
僕の為に生きていてくれてありがとう。

僕はミオの折れそうな細い手をそっととった。
ふたりの手の中で、ススキがゆらゆらと頷くように頭を振った。

僕は彼女の耳元でゆっくり話しかけた。

「ミオ。僕の特別は、ずっと、いつまでも、君だけだからね?」

ミオの目がまたしばたかれた。

そして微かに・・
ほんとうに微かに、僕の手がゆっくりと握り返されてきた。



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小説 中編 『桔梗』 [創作]

「こらーーっ!喰っちまうぞーーっ!」

キノコ採りに来てたらしいバアさまの後ろにそっと近づくと、オレは腹の底から叫んだ。
「ひょえええええ~~っ!」
バアさまはキノコでいっぱいの籠を放り投げると、ころころと坂を転がり落ちて行った。

「うはっはっはっはっはっ!!」

オレはキノコをかき集めると、自分の背負いかごにぽんぽーんと入れて走って逃げた。
今日はキノコ汁にしよう。
後は・・・・魚がよいなぁ。

川に出ると、いたいた。
渓流に半ば浸かりながら、釣り糸をたれてじっと川面を見つめているおやじさん。
その脇の魚籠からは、大きなイワナの尻尾がぴちぴちと見え隠れしている。

オレはそおっと忍び寄るとまたまた大声で哮えた。

「うおおおおおおおっ!!!」

おやじさんは振り返ると飛びださんばかりのでっかい目玉でオレを見つめて
オレとあまり変わらない声で叫んだ。

「うわああああっ!!!鬼じゃぁあああっ!!」

おやじさんは顔いっぱいに口を開いたまま、尻からそのまま川へつっこみ、
速い流れに流されていった。


やったあ!これで魚もオレのもんだ。

戦利品は、まるまるとしたイワナを3匹。
川沿いの笹竹の小枝をぱくぱくしている口に突っ込むと、そのまままた背負い籠に入れて
オレは大満足で棲み家に帰った。

オレは鬼という生き物らしい。
オレがガキの頃はよく石を投げてきたりもしたが、今はみな逃げてゆく。
身の丈は6尺5寸(約195cm)以上あるし、腕っぷしもだれにも負けない。
向かって来るイノシシだってぶん殴って捕まえた。
ぐるぐると渦まく髪の中に、みんなが言うようなツノは見つけられなかったが
きっと鬼の中でもオレは仲間はずれモンなんだろう。
だからオレは童の頃から独りだった。
気がついてみると、いつも独りだった。

オレはお腹がいっぱいで、あったかい寝床があればそれだけでよい。
熱々のキノコ汁とイワナを腹に収めると、オレはごろりと横になり眠った。

棲み家のあばら家の隙間から太陽が見える。
あの高さだともう日中だな。

オレはもう腹が空いている事に気がつき、また川に出かけた。
洗濯ついでに服のまま飛び込むと、渓流の冷たさにいっぺんに眼が覚める。

しばらく泳いで、浅い所で小さなカニを3匹ほど捕まえて、石でとどめをさすと
びしょびしょの服をしぼって干した。
日なたの岩場にふんどし一枚でそのまま横になると、
お日さまの光がつむったまぶたに赤く差し込む。
じんわりとした暖かさが、心地よい。

ふいにその陽が遮られた。

オレは目を開けると同時に、起きあがり身がまえてあっけにとられた。

年の頃6つほどの童子が、しゃがんでオレを覗きこんできたのだ。

「なんだお前は!オレは鬼だぞうっ!喰っちまうぞっ!」

オレはとびっきりの怖い顔と声ですごんで見せた。

童子はきょとんとした顔でオレを真っ直ぐに見返した。

「オヌシはワレを喰らうのか?」

オレは戸惑った。
今まではそう言うと、皆腰をぬかすか気を失うかのどちらかで
話しかけられたのは初めてだった。

「お、おうっ!喰うぞっ!そこのカニみたいにぺしゃんこにして、頭からばりばりと食うぞっ!」

「へーえ。」童子は感心したようにオレを見上げると、にこにこしながら近寄ってきた。

「ワレはカニのように旨いのか?それは知らなかった。鬼というのはすごいのう。」

オレは思わずその童子から2歩3歩と後ずさった。
童子は歩を速めると、ぽーんとオレの足にしがみついた。

「オヌシは大きいのう。ワレが見た中でいちばん大きいぞ?」

オレは慌てて足をばたばたして振りほどこうとしたが、それは童子を余計面白がらせたようだ。
キャッキャと声をたてて笑い出した。

こんなフザケタ状況は、オレには納得が出来ない。
どこからこんな童子が湧いて出てきた。
この辺では見たこと無い顔だし服装だが、親はいないのか?
オレはきょろきょろとしたが、他に人影もない。

オレは見なかった事に決めた。

足に童子をしがみつかせたまま、未だ濡れた服を身につけると、
カニを拾って棲み家に戻る

その内にどこかに行くだろう。

途中で流石に腕がつかれたのだろう。
ころりと地面に落ちたが、振り向きもしないオレの後ろにぴょんぴょんと着いて来る。
歩を速めてもまだ諦めない事に気付いて、走って棲み家へもぐりこんだ。

いつもはしない扉に、心張り棒をあてがうと戸板の隙間から外を伺った。

「ここまで追いつく訳ないか・・。なんだったんだ・・・?」


ふと数日前に、もう里山に降りてきたのかと驚いたイノシシがいた事を思い出した。

「まさか・・出会うなんて事・・ないよな・・?」
オレは一度童の時に、大イノシシに追いかけられて、死に物狂いで逃げたのを想い出した。
ふるふると頭を振るって、あんなチビスケのヤツ
別にのたれ死のうがオレには関係はないぞと思い直した。

まだからみついた腕の感触の、温かさが残っている足を無意識にごしごしとこすった。

オレは心張り棒を持って外に出て、耳を澄ました。

ふと、鳥が鳴く様な高い叫びが聞こえた気がした。

オレはいつの間にか走り出していた。

「おいっ!どこだっ!小僧っ!」

山の斜面に先ほどの童子が倒れていた。
オレは慌てて駆け寄って抱き上げた。

「大丈夫か!やられたのか?!」

「オヌシ、待っておったぞ。ワレも何か喰いたい。」
童子はオレの首に腕を回すと、ぎゅううとしがみついてにこにこと笑いかけた。
あんぐりと口を開けて、オレは童子に謀られたのに気付いた。

後悔したがもう遅い。
オレはとぼとぼとそのまま童子を抱いて、棲み家に連れて行った。
オレはこんな事で迎えに行ってしまった自分自身が、よく解らずに腹立たしかった。

思いっきり不機嫌な顔をして、カニの汁ものを作った。
童子は火にかけられた鍋の前で、きちんと猫のように正座をしている。
いじわるに喰わせてやるのをやめようかとも思ったが、
その嬉しそうな顔を見ていると、その気持ちも萎えた。

いっこしかない欠けた椀に、カニをよそうと童子に差し出した。
童子はにこにこしてきちんと一礼すると、受け取ってひと口すすり目を細めた。
「うまいなぁ!」
「ワレがこれを喰ったら、今度はオヌシがワレを美味しく喰うのか?」
オレはむすっとして答えた。
「オレは人なんぞ喰ったこと無い。」
「おお、そうであったのか。オヌシは変わった鬼なのだな。」
オレはぐぅうと喉の奥で唸った。
「喰ったら里まで送ってやるから、さっさと帰えれ。」

童子は椀をオレに返すと、「ご馳走になった。」と頭を下げた。
「ワレを喰わないのなら、お礼が出来ないから、もう少しここにいるぞ。」
「ああ?」オレは呆れた。
「小僧。お前頭どうかしているだろう?
オレは鬼だぞ?鬼と一緒にいたいなんて、オレが怖くないのか?」
童子はにこにこと笑った。
「ワレは鬼がどんなものか知らなかった。
オヌシが自分を鬼というなら、ワレは鬼が好きだ。」

「あああっ??」
オレは口をぱくぱくと動かしたが、言葉が出て来なかった。
童子はそんなオレをにこにこと見つめている。
オレはカニ汁を口にかき込んだ。
腹の奥底にお日さまのようなあったかさが沁み渡る。
それがいつの間にか胸の奥にまで広がり、それはいつまでも消えなかった。

夜になると童子がごろんと床に寝ている、オレのそばに来て横になった。
童子がいるだけで、隙間だらけのあばら家の中でも、少しぬくまって感じる。
気がつくと童子がじっとオレの顔を覗き込んでいた。

「オヌシの目は花のような色だのう。
昔ワレがいた所にいっぱい咲いていたの花の色じゃ。」

「優しい色じゃのう・・。」

そしてすうすうと寝息を立てて寝入ってしまった。

オレはこの家で一番暖かい毛皮を奥から引っ張り出すと、そっと童子にかけた。
熾き火がぱちんとはぜるまで、オレはその童子の無防備な紅潮した頬を眺めていた。


そして、オレと童子は不思議な共同生活が始まった。

オレは魚を獲り、時に獣を狩り、童子は木の実やきのこを探しだし
夜になると寄り添って眠った。

オレは童子の笑顔を見るたびに、
心の中に今まで感じたことの無い
陽だまりのようなあったかさが広がるのを感じていた。
それは泣きたくなるような、叫びたくなるような、それでいて大声で笑いたくなるような
不思議な気持ちだった。


10日ほど経ったころだろうか、里の近くで嗅ぎなれない匂いがした。
そっと近づくと、見慣れぬ8人程の兵士の一団が、
里の入り口でもあるつり橋の手前で陣を張っている。

この匂いは、鉄と火薬の匂いだ。
オレの一番昔の記憶の底にあった匂いだ。

この匂いの後オレの母である人が、この地にたどり着いて動かなくなったのだ。

あれは悪いモノだ。
あの子に近付けてはいけない。

風に乗って、話し声が聞こえた。

「……の先に姿をみたものが・・・。」
「みしるしだけでも・・・持ちかえり・・手柄を・・。」
「まず里の者たちを全て殺し・・・」

オレは渾身の力で、大将らしき男に石を投げつけた。
大将ははものも言わずに、案山子のように倒れ込んだ。
一斉に、他の男たちが振り返る。

「お・お・・鬼・・・っ!」

散りぢりに逃げまどう男たちを追いまわし、
そばに置いてあった槍をむんずとつかみ振り回した。

4人5人と切り伏せた時にぱーんと乾いた音がした。

火薬だっ!

鉄砲という、鉛の弾を遠くに飛ばす武器だ。

慌てて伏せたが、肩のあたりに焼けつく痛みを感じた。
近くの地面から、しゅっしゅっと土煙が上がった。
あと3人・・・。
そうだ、あのつり橋を落とせば、里にも入る事が出来まい。

オレは吠え声をあげてつり橋まで突進した。
つり橋の真ん中あたりで、今度は背と腿に火が走った。

くそう・・くそう・・くそう・・っ・・・。

絶対に・・絶対に・・殺させるものか・・・。

あの笑顔を、奪わせるものかっ!


オレはつり橋の蔓を、力任せに何度も小刀で切りつけた。
残党の3人は直ぐ後ろに迫って来て、全てつり橋に足を踏み入れていた。

悲鳴が上がる。

残党は慌てて戻ろうとしたが、元の地にその足が届く前に橋は切れ果て、
深い谷底へ、オレも共に巻き込み落ちていった。

どれだけ経ったのだろうか、激しい痛みを感じて、目が覚めた。
息を吸い込もうとしたが、それすら胸に入って来ない。
苦しさと痛みで叫ぼうと口を開いたが、もう声も出ない。

見上げた頭上の天空は、見事な茜色。
両崖に縁どられ、切り取られた空は・・・遥かに遠くに感じる・・。

オレはアイツの笑顔を守れたかなぁ。

あれ・・・?なんだろう。

アイツに会った時の胸のあったかさだけを、今感じる。


そう悪い気分じゃないぞ。




お前に会えて よかったよ。

ちゃんとそう言ってやれば


よかったなぁ・・・・。



ありがとな。
















「さあお館さま、まいりましょうか。」
「少しだけ、待ってくれぬか?」

ある穏やかな秋の日、そのさま卑しからぬ若者が
眼付の鋭いお伴を独りだけ連れて、見事にしつらえられた馬上から降りた。

「昔な、ワレはこの先で鬼と共に暮らしていたのじゃ。」
「鬼・・・でございますか・・?」
「ああ。ワレはその鬼に命を救われたのじゃ。
その時、ここのつり橋は落とされておってな・・・。

あっ・・・・。」

谷底を覗き込んだ若者は、しばらく息を飲むように沈黙した。


遥か谷底に一面の桔梗の花が、紫の絨毯のように咲きこぼれていた。


「そうか・・。
鬼よ。ここに居たのだな。

お前の眼の色の花だ・・。

ワレは決して忘れまいぞ。」

そして高い蒼穹を仰ぎ、ほんの少し微笑んだ。

「いずれワレが天下を平らけく、オヌシのような鬼も民も元気でいられる国を造るからな。
その時まで、ワレからの礼は待ってもらうぞ。」

そしてお伴の手も借りずにひらりとふたたび馬上の人となると
そのまま元来た道を早駆けさせてゆく。
その後を伴が全力で追いすがって行った。





未だ夜の闇が今よりもほんの少し深い頃。

むかしむかしの刹那の物語である。

                                         ____  了  ____
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これまでのリヴリー小説 まとめてみました [創作]

ノドくんの紹介をというお話しがありまして、
僕の下手くそな紹介よりも、むしろ彼の語ってくれたお話しを見て頂いた方がよい気がしまして
まとめてみました。

そのまま載せるのは恥かしい昔のモノばかりですが
お暇なときにでも眼を通して頂けると、嬉しい限りです。



『ただいま』 
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-01-30

『半分こ』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-02-14

『嘘』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-04-11

『五月五日の冒険』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-05-05

『野宿の夜に』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-07-04

『七夕のうた』 
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-07-05

『太陽のカケラ』 (前篇)
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-04-13

『太陽のカケラ』 (後篇)
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-04-23

オメデトウ
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-06-26
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小説 短編 『新たなる日』 [創作]


少年は一心に上を見つめて、険しい岩肌にとりついていた。
振り返れば、その高さに心が折れるのは解っていた。
ひたすら全身全霊で神経を研ぎ澄まし、指先とつま先で
あるかないかの岩の突起やくぼみ、亀裂を探し出して
つま先を乗せ、指を押しこみ、体を上へ上へと押し上げていった。
時折ゴオオッと音をたてて、風が吹きあがる。
その度にしがみついている岩肌から体をひきはがされそうになる。
少年は浅く息を吐きながら、
いっそ手を離して、落ちてしまった方が楽なんじゃないかという誘惑とも戦っていた。
体が熱くだるい。
不快な汗が額と背中を伝う。
足も腕も攣れたように痛み、小刻みに痙攣している。
体を支えるどころか、腕をあげているだけで苦痛になって来る。
オーバーハング気味の岩が頭上にかぶさり、崖上は見る事が出来ない。
斜めにルートを取り直し、ふたたび少年は壁にとりついたイモリのように
ゆっくりとだが着実に上へと向かう。
そそり立つ崖の頂上に指先が届いた。
少年の心臓も頭も、もう破裂しそうにどきどきと脈打っている。
ここで落ちたら・・。指先の岩が崩れたら・・。
登っている時以上の恐怖が、手足を強張らせる。
少年は大きく息を吸って、呼吸を整えた。
はずみをつけて最後の足場の岩を蹴ると、崖に上に転がるように身をあげた。
そのまま仰向けに倒れこむと、抜けるような空の青さが目を射る。
「よし・・。よし・・・。」
少年は自分を励ますように疲れ切った体を無理やり起こすと
崖の上に広がる広大な果樹園へと歩きだした。

果樹園の入り口にはひと際大きな木が二本、向い合せに植えられていた。
少年は臆することなく、入口を通り、果樹園に足を踏み入れた。
広大な果樹園は、爽やかで甘い林檎の香りが満ちていた。
急に少年は喉の渇きを覚えて、たわわに実った真っ赤な林檎に目をやった。
ひとつくらい食べた所で、誰がいる訳でもない、見ている訳でもない。
少年は伸ばしかけた手を止める
「僕にはしなきゃいけないことがある。そのために来たんだ。」
その木を見上げると、沢山の林檎の実りの中に、ひとつだけ金色に光っているものがある。
顔を近づけると、それはちいさなちいさな人の形をしている。
幼い子供の顔をして、気持ち良さそうに眠っているようだ。
「違う、君じゃない。」
少年はそう言って、次々と林檎の木をひとつづつ覗きこんでいった。
どうも木ひとつにつき、ひとりその金色の子供がいるようだった。

どのくらい歩きまわっただろうか、少年はようやく一本の木の下に立ち止った。
「見つけた。君だ。」
その声に、金色の子供が目を開いた。
「あれぇ?僕だ。」
少年は微笑んだ。
「そうだよ。僕は君だ。やっとみつけた。君は僕の魂のコア。
僕と君がひとつになって、やっとまた僕らはひとつの命になり地上に生まれる事が出来る。」
光の子供がつぶやく。
「僕、ここ結構すきだったのになぁ。もどるの嫌だなぁ。」
少年は少し微笑んだ。
「わかるよ。」
少年は手を伸ばすと、金色の子供のちいさな手をとって木の上から降ろした。
金色の子供は大きな瞳をにこにこと細めて、少年の元へと降り立った。
「仕方ないね。待っている人がいるんだね。」
少年は黙ってうなずいた。
金色の子供はちょっと名残惜しそうに自分のいた木を見上げると、
「また戻って来る時まで、待っていてね?」と、優しく木の幹を慈しむように、ぽんぽんと叩いた。
それに応えるように、林檎の木は風もないのに枝をゆすって、
実をひとつぽとりと少年の手に落とした。
その実は輝くルビーのような色で、たちまち辺りはその神々しいばかりの香りで満ち溢れた。
「ありがとう。行くね?」
金色の子供は、少年の手の中の林檎に手を置くと、すうっと吸い込まれるように消えた。
少年はその林檎を胸に抱くと、ルビーの輝きはますます強くなり、
金色の小さな太陽のようになり、ゆっくりと少年の胸を貫いた。
少年はその場に倒れこむ。
すううっと意識が遠ざかってゆく。
その最後の一瞬、少年は懐かしい少女の顔を想い浮かべた。
優しい愛おしい大切な笑顔。
「待っていて。」
「必ず。必ず見つけるから。僕が・・。」
少年の体が薄く消えてゆく。

新たなる旅の始まり。
新たなる試練の始まり。
もがき苦しみ嘆き泣きながら、
それでもたった一人の大切な人を護るために。
仲間を支えて共に生きてゆくために。
よりよい未来を託すために。

いつか真の歓びを手に入れるために。


果樹園の入口の巨大な二本の木に、
それぞれ見た事もないような姿のものが、ひっそりと宿っていた。
その驚くほど見開かれた二頭の門番の瞳が、
やがて再び静かに閉じられる。

風はなぎ、果樹園に再び静寂が訪れた。
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『氷の修行』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  パターンE  リヴリー小説 [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
 ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。


 以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



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さて、ここからみたび、もうひとつの物語が生まれました。



『氷の修行』


ムシチョウのノドくんは、その赤い羽根がとても自慢です。

なぜなら、その赤は、
彼が大好きな正義のヒーローを助ける、大きな鳥の色と同じだからです。

ノドくんはかっこいいヒーローになりたいと、日々こっそり修行を欠かしません。

それは暑い夏も、今日のように池に氷が張る日も同じでした。


今日も仲良しのトビネのイェルクッシェくんとノドくんは、
今年初めて凍った池へと修行にきました。

「この木から飛び降りてしゅたたんっ!て立つ修行だよ!
カッコいいポーズも忘れずにね?!」

話しながらもうイェルクッシェくんは、池のほとりにある大きな木の中ほどの枝に立っています。
「それ~っ!しゅやや~んっ!!」

イェルクッシェくんは足を前にしてしりもちをついたまま、
池の上をつーーっとすべってゆきました。

「あははははは!おもしろいなぁ!すべるすべる!」

イェルクッシェくんは元気に立ち上がるとまた木によじ登り始めます。
「それぇ~~っ!しゅやや~~んっ!!」

今度は腹這いのまま、お腹ですい~~っとすべってゆきます。

「あはははははははっ!」

木登りの上手くないノドくんもやっと木に登ると、えいっと飛び降りました。

すると・・・


ぴしぴしぴし・・。

足元から、不気味な音が・・。

「あ、あ、あ、・・」

ああ!なんと言う事でしょう。
トビネのイェルクッシェくんを支えた、今年初めての池の氷は
大きなムシチョウのノドくんを支えるには、まだ薄すぎたようです。

ばりばりばり。
ばしゃばしゃばしゃ。
ごぼごぼごぼ。

びっくりしたイェルクッシェくんが、助けようと駆け寄ろうとしますが
氷と雪のために、つるつる滑って上手くゆきません。

「ノドく~ん!しっかり~っ!がんばれ~~~っ!!」

ノドくんは一生懸命、割れた氷のふちに掴まろうとしますが、
手も足も羽根もきんきんと冷たく濡れて、痺れてうまくゆきません。

しかも薄く積もった雪も白く、氷も白く、
やっと掴まろうとしたノドくんの目測を狂わせ、拒絶します。
体中に無数の針を刺されたように痛くなってきました。

イェルクッシェくんが、氷の上をつるつると走りながら叫びます。

「がんばれっ!今、たすけにゆくよ!!たちあがるんだっ!」

声を聞きつけて、ノドくんは最後の力を振り絞ってたちあがりました。

・・・あれ・・?

なんと幸いな事に池の水は浅く、ノドくんの胸のあたりしかありませんでした。

びしょぬれになったノドくんはかちかちに凍りながら、ようよう木の根元に座り込みました。


「ノドくん、大丈夫かい?」

割れた氷の横を、そろりそろりと渡って来たイェルクッシェくんが、心配そうにのぞき込みました。

ノドくんはとぎれとぎれに言葉を切りながら、つぶやきました。

「修行、って・・・大変、なんだね・・。」
「ぼく・・・。目の前が…全部、まっしろでね・・・?なにが、なんだか・・・わからなく・・・なって・・ね・・?」

「うん。白は始まりの色なんだね!
だってお絵かきをする前の画用紙は真っ白だもの!」

「始まりと、おしまいって、おんなじ・・色・・・なのかな・・・?
だから、あんなに…みんな、真っ白・・・なのかな・・?
僕、もう・・おしまいかと・・・・おもったよ・・・。」

ノドくんはぽつんとつぶやきました。


「僕、ヒーローよりも、やっぱりヒーローを助けるトリさんでいいや。」


雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、
ようやくノドくんは思い知り、歯と体を震わせたまま、
あふれ出る涙を止める事ができませんでした。






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『御子』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  パターンD  [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
 ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ


雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。
  
以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



 ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ



さて、ここからもうひとつの物語が生まれました。

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