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おわりのはじまり [雑記]

愛着だなぁ、と思う。

今の事務局にFlash移行の力と活力があるのか。


今回の事でつけ刃的に調べたところによると
Flashは今主流のMTML5のように信頼性が高いものではないらしい。
ネット上では重くセキュリティ面の脆弱性もよく問題視されていたし
故ジョブス氏はいちはやくFlashのスマホへの導入を見合わせたとも聞く。
地上波放送がデジタル放送に切り替えられたように
今の流れではFlashの終焉は致し方ないこととも頷ける。

ただ問題はゲームなのだ。
リヴリーアイランドなのだ。

育成してゆくのを目的で始められた
あったかくも優しいコミュニュティーツールを
美しくも愛らしい毎日の歓びとなっていた場を
殺伐とした殺戮や戦いの日々ではない穏やかなゲームを
永久に喪ってしまうのではないか・・という

ゲーム業界の稀有なる存在なだけに大きな損失になると思う。

これは長い時間をかけて飼い主とともに作られてきた、大切な財産だと思う。



これを移行できるのは、事務局の情熱だけだ。
護りたいという熱い想いだけなのだ。


あと3年。
されど3年。



僕は何が出来るだろうか。


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大好きなリヴリーアイランドの住人として。 [雑記]

不具合のメンテが始まって5日目。

掲示板をみると憂える声で溢れている。

自分も先日のWindows10のedgeの強制更新で
すっかり使い勝手が悪くなったPCだから言うわけではないが

そりゃあ不具合もあるでしょう。

15年間の長い間、歴代のOSを乗り越え
それに沿うよう調整し調整し、遊べるように頑張ってきてくれていたのだと思う。

すぐに停まってしまったり、画面が真っ白になってしまったり
それでも何とか先週までは騙し騙しでも動いてくれていた。

だが今回は様相が違う。
あきらかにその場限りのメンテだからすぐに元の不具合に戻ってしまう。
しかも何も経緯の説明や、早めの不具合のためのメンテナンス予定の説明がないから
ユーザーには不安しかない。

おりしもMicrosoft社の方で3年後にFlashの終焉のニュースが伝えられたばかりだ。

運営も今まで何度か変わってきていた。
それほど思い入れはないのかもしれない。
ただのお金稼ぎのサイトのひとつだ、と揶揄する人も多い。
ただ積極的に研究発表会へ参加できた僕は、
直接スタッフの人たちと会うことが出来た。
彼らも僕たち同様、とてもリヴリーを大事に可愛く思ってくれていたと信じたい。

僕はこのリヴリーアイランドに13年ほど住んでいた。
今ここの住人は、僕のように長くここにいて
リヴリーそのものに愛着のある飼い主も多いと思う。
あかちゃんが生まれて、成長して義務教育を終えるくらいの年月。
自分の入院でどうしてもインできなかった時も
友人たちに支えられ生き延びてこられた大事なリヴリーは
もはや0と1の羅列で作られたものではなく
生活の一部となっていたことに気づく。
数カ月ぶりに目にした元気なわが子に、しばらく涙が止まらなかった。

そんな子を、こんな形で終わらせるのは心がどうしても納得できない。
ユーザーの気持ちをないがしろにして、逆なでするような
事務局の対応が納得できない。

不具合があったことは経験上仕方がないことだと僕は思う。
ただ問題なのはその後の対応だ。
説明してもどうせわからないだろう、というのは失礼な話だ。
いったい今何が起こって、
システムの移行は可能なのか、
それによって今後どうして行くつもりなのか
そもそもメンテをいれるつもりなら、最低でも前日までにユーザーに報告すべきだ。
それによってこちらも動けることも多々あるのだから。



勘違いしないでほしい。
僕らは運営を責めたいんじゃない。
ただ、リヴリーを活かして続けたいだけなんだ。


切に切に願う

僕は納得をしたいんだ。


エスカレーターの片側空け、という習慣。 [雑記]

僕はよく駅を利用する。

最近は当たり前のように上り下りのエスカレーターが各駅にあり
エレベーターも列を作って乗り込むのもよく見る風景だ。

歩行が困難で、このところ杖に頼って歩くようになって特に思うようになった。

「エスカレーターで脇を抜けて歩かれるのは、怖い。」

元気な時は健脚でならした僕ではあるのだが
病を経て歩行困難の上、腹に傷を持ち、
指もうまく使えなくなり、オマケに過度の貧血持ち。
身体的にはおそらく150歳くらいな体力で
しっかりエスカレーターの手すりに掴まってはいるものの、ぽんと肩を押されただけで
奈落の底へ落ちて行く恐怖がある。

一度かなり空いていた下りのエスカレーターの半ばほどで
軽い貧血を起こしたタイミングで、後ろから横を歩いて来たサラリーマン風の男性の足に杖が当たり
手から叩き落とされた杖だけが、階段の下まで落ちるという事があった。
僕はというとしゃがみこんで手すりにしがみついたおかげで、転落は免れたが
もし下に誰か、まして幼い子でもいたらと思うとぞっとした。

そのサラリーマン風の男性は、走って杖を拾い上げ、
また走って僕のところまで戻ってきて、平謝りに謝罪をしてくれた。

なぜ片側を空けて乗ることが、マナーのように言われるのだろう。
エスカレーター会社の人も、
片側だけに乗ることはバランス的にも早く壊れやすく、
そもそも歩くようには設計されていないので
とても危険だと盛んにPRしていた。

駅の混雑緩和のため・・という人もいるが
片側だけの一列に並ぶための混雑なら、
初めから二人ずつ乗れば2倍速く進むんじゃないだろうか。

確かにすべての駅に階段と、エレベーターがあるわけではない。
急いでいる人は階段行きなさい、といえない事情もあるだろう。



一昨日の病院の帰り、赤ちゃんを前に抱っこ紐でくくった若いお母さん
件の駅のエスカレーターの空き側を、高いサンダルのかかとを鳴らしながら降りて行った。
もしひっかかって転倒して転落したら、まず一番のダメージはあの赤ちゃんだろうな、と
そう思いながらも、片側を開けて通らせてしまった僕も
その時は同罪だな‥と思ってしまった。



エスカレーターの片側を空けているということは、マナーじゃないと思う。
マナーというのは、周りの人に迷惑をかけないように忖度をすることだ。
元気で急ぎたい人の気持ちを慮ることではなく
年配者や身体的に不自由な人などの、気持ちを推し量ることこそがマナーじゃないだろうか。
狭く、動いているものに乗っている不安定な状態な人の横を、体をぶつけながら通るほどのことが
何故マナーとなったのかの方が不思議だ。

これは習慣でしかないと思う。
習慣は頭で考えれば、きっとなおせて行けるものだと僕は思う。


遅れそうな約束。
行ってしまいそうな電車


それは果たして、誰かに大きな怪我や
取り返しのつかないことと引き換えにしてでも大事な事なのか。

僕も含め、頭でまず思考してみたいと思う。


ありがとうチェスター [雑記]

今朝訃報が入った。
かねてから好きでよく聴いていたバンドのボーカルが亡くなった。
自殺であったらしい。
享年41歳。

5月に親友を亡くし、薬物やアルコール依存もあったという。

秋には日本でのライヴもあり、
ようやくチケットをとれたんだと大喜びしていた友と
涙もなく絶句した。

たとえようもない虚無感。
やりきれない絶望感。

ああ、この感じを僕は何度も知っている。

夢を叶えられなくて、病気とそのあとの想像される結果に恐怖して、
生活苦で、人間関係に疲れ果て、自分の居場所を見いだせずに・・。

僕の知人たちは僕の人生から退場してしまった。

その度に残されたものは問うのだ。
自分の無力さに絶望しながら、僕に何かできたのではなかったのか・・と。

だが悲しいことに、死のうとする強い意志をもったものを止めるすべは
どんなに親しい間柄でも、家族でもありはしないのだ。

その閉じた心に届くまで、何度も何度も呼びかけて、
自分にとってその人がどれだけ大事で必要であるかわかってもらえるまで
聴いてもらうしかないのだ。


彼の情感溢れる声はもう聴けない。
彼の思想、彼の哀しみ、彼の歓び・・・
美しい時間をくれた彼はもういないのだ。


彼を奪った彼を恨む。

それでも

ああ・・それでも


沢山の美しい刻を与えてくれた彼に
僕は心から感謝をしよう


チェスター

寂しいよ。

会いたいよ。


でも沢山頑張ったんだよね。


どうか安らかに。




いつかきっとまた会える時を楽しみに。

おひさしぶりです(入院のこと) [雑記]

今月初めに、一年ぶりに更新しました。
まったくもってご無沙汰しております。

お客様の少ない僕のところですが
自分の記憶も怪しげになってきたため、
自分の記録として近況報告をすこし。

一年前の入院より、ただ苦痛に耐えるだけの毎日でしたが
遂に強い痛み止めも効かなくなり
七転八倒の末、意識を喪う数日を経て
流石にこれ以上は死んじゃうヤツだな・・と救急車を呼んだのが
八月の終わりの深夜。

自力で外まで這い出るも、救急車の中で七転八倒。
病院に着いて診察を受けるも、すざましい苦痛で意識は朦朧。
痛み止めを打ってもらうも、まったく効かず、これ以上は心臓が持たないと
次の痛み止めの時間までの地獄のような時間・・。
むしろもう殺してくれ、楽にしてくれと真剣に思ってしまうものでした。

それから様々な検査が始まり、
結果、無理と言われた手術をやらない事には、このままでは三日ももたないと
どうせだめなら、手術をやってみようと
家族が呼ばれ、緊急に様々なジャンル医師を招集され
日をまたぎ、3度にわたる手術を敢行。

不安材料はありすぎる手術だった。
ひどすぎる貧血状態。
免疫力や抵抗力の低下。
そもそも腹になんども刃を入れているものだから
もう腹を開く場所がないw
医者の方も、異例中の異例だったそうで
家族も僕も、一応覚悟はしておいてくださいと言い渡され
僕は点滴の管だらけの中、遺書を書くこととなる。
もともと持っている血液の異常の所為で、貧血が深刻になり
多量の輸血を行いながら、腹の腫瘍を取るのだが、
癒着もひどく、他の臓器を傷つけないためすべてを取り去ることは不可能だった。
一部はもうすでに内臓が壊死して持ったら崩れてしまったそうだ。

意識がもどったのは奇跡のようなものだった。
的確な麻酔のスタッフと、執刀医の神業、見ず知らずの多くの人からの献血
支えてくれた家族や医療スタッフ
それらがあって初めて、僕の手術は行なうことが出来た。
行なうことで、喪うはずだった命をもう一度
少しだけでも繋ぐことが出来た。

腹の傷は大きく、弧を描くようにつけられた。
取り除かれた内臓と腫瘍は2kgはあったそうだ。
手術前に言われた通り、抵抗力の無さと免疫力がないため
しっかり感染症を起こし、抗生剤の飲み薬も効かないために
せっかく縫い止めた医療用のホッチキス(?)を全部取って、開きっぱなしにされ
広がった傷は、大型の獣につけられた爪痕のようだ。
それを見るたび、最大の努力を惜しまず頑張ってくれた医療スタッフと
支え続け、沢山泣かせてしまった姉や友を、
僕は墓場まで忘れない事だろう。
おまけに肺血栓も出来、
重度の貧血も深刻で、輸血はしばらく続けられることとなった。

まさに満身創痍。

上げ膳据え膳の入院生活は、ひと月以上に及んだが
医療でできることはもう無く、あとは自分の体力と時間だけになったので
退院を願い出た。

それからまったく萎えてしまった足を鍛えるため、
毎日少しずつ歩行練習をはじめる。
今月のはじめくらいまで、椅子に座ることすら苦痛だったのが
ようやくここにも来られるように。

あの絶望的な痛みが失われたせいで、今はすっかり落ち着いています。

入院中、のぞき込んだ鏡に映っていた己の顔を見て愕然としました。
痛みはこれだけ人相を変えてしまうのか。
苦痛は人間の尊厳すら奪うものだと、新めて考えます。

僕の残った腫瘍はまたいつ悪性化するかわかりません。
そうなるともう手術すら不可能になるでしょう。
でもそれまでは、今少し時間がもらえました。

僕にはまだやることが残っているようですねw

エイプリルフール 参考画像 [雑記]

4月1日のエイプリルフールに
仲良しのお友だちの掲示板に、いたずら書き込み。

最初に本当のことを書いて、後に2枚に分けてニセモノの話しを創作。

ネタバレをした後で、最初の方が嘘っぽい!と言われましたものでしたから
証拠写真を撮りにゆきましたw


桜2015 2.jpg

桜2015 1.jpg

下手くそな写真で解り難いと思いますが
梢から花が出ていないで、太い幹や枝から花の房がでています。

以前もちょくちょくとは見かけてはいましたが、
今年はそれが一斉に現れて、ちょっと不思議な景色となりました。


sakura2015 3.jpg

一瞬であっという間のこの開花。

今年も会えてよかった^^




(掲示板 転写)


少し体調がいいので・・。 [雑記]

また書いてみようかなと、ふとおもいました。

誰が来て下さる訳でもないんだけれどw

何か残しておきたくて。
きっと以前のようにはゆかないけれど。

まあ、それも御愛嬌。


近況。

相変わらす入退院を繰り返し、入院のたびに余分な病気を薬と比例して増やされています。

結局手術をする事も出来ず、痛みどめで乗り切るまいにち。

手術して良くなるモノでもないしね。

現状をいかに長く持ちこたえてゆくか。

気を抜くと悪化してゆくしかない。

病院は最上のお得意さんを確保したと思っているんだろうな、とちょっと斜に構えてみたり。

この悪寒と吐き気とだるさと痛みに耐えるしかない日々が現況維持というのが、腹立つばかりですが

それでも生きてゆく事は僕にとって、毎日が毎時間が貴重な事。

それはきっと、僕には大切な人がいるから。

この地上に共に生きて時間を共有できることが、今の僕にとって最上のことだから。

そりゃあ、人間だもの。

お互い腹を立てたり、怒ったり、落ち込んだり、泣いたり騒いだりもあるけど

僕にはそんな時間さえも、愛おしく感じる。

でもできれば、笑って幸せでいてくれる事がいちばんなんだけどなぁ。

僕はいつまで僕でいられるんだろうか。

永遠なんてないんだろうけれど、

僕は大切な人のそばにいたい。

戻ってきました [雑記]

ご心配をおかけしましたが、戻ってまいりました。


術後に呼吸困難を起こし、生死を彷徨わされましたが
神さまは、もう少し僕に時間をプレゼントしてくれたようです。

ただこの時の後遺症で
精神的にまでダメージを受けてしまい、
自分がいかに脆弱な精神の持ち主かを思い知らされました。


少しずつ、喪ったモノを取り戻してゆきたいと思います。


近況報告まで。

しばらく休止。 [雑記]

今年に入って仕事も辞め、
現在自宅療養中でしたが、この度再入院を申し渡される。



ただいま入院のための準備中。





何て年だ。 [雑記]

波乱の2011年。

来週には新年を迎える。


思い返せば厄災と共に、全てが悪い方に流れた年だった気がする。

いい事を思い浮かべようとして見るのだが、
今現在がキツイ所為か、なにも思いつかない。

今、時間が欲しいと切に想う。

やりたいこと、やらねばならないこと
時間が無い時に限って、次々出てくるもの。



でもその時間さえも、来年からは持てあますようになるのかな・・。

体がもう休めと言っているのかもしれないけれど・・w


それでも今日は耶蘇のかみさまの降誕日。

せめてすべての苦しむもの、哀しむもの、絶望に沈むものにも
ほんの少しでもいいから、優しい光が胸の内に灯ることがありますように。

その蒼ざめた頬が、薔薇色に輝く時がいつかきますように。


クリスマス、おめでとう。