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リヴリー小説 中編 『はちみつホットケーキ』 [創作]

いつももぐりこんで遊んでいる雑誌と雑誌の隙間から、ピンク色の鼻さきが現れました。
ぐりぐりぐりとお顔が出てくると、ぱっちりと青空のような瞳が開いて、
少し遅れて小さなお耳がびょこんと立ちました。

「やった、お日さまだ!冒険にゆくんだっ!」

ぽすんと平たくなった雑誌には目もくれず、
トビネのイェルクッシェくんは元気に立ち上がりました。

「ゼフォ~ンッ!おはようっ!ノドくんところいってくるねっ!」

親友で飼い主のゼフォンさんが、「いってらっしゃい。」と振り向くと、
もうイエルクッシェくんのふさふさの尻尾の先が、窓の隅から消える所でした。

昨夜の台風で、草原の草の一本一本は
未だたっぷりと水を含んでひんやりとしていました。
その中を元気いっぱい駆けまわるのは、トビネのイェルクッシェくんにはとても爽快でしたが、
草原を抜け出る頃には、その全身は水の中に落ちたようにびしょびしょです。

でも大きく体を揺すって水を飛ばすと、
暖められた陽射しでたちまち元のようにふんわりとしました。

その時イェルクッシェくんは高い悲鳴を聞きつけてぴたりと足を止め、お耳をピンと立てました。

「こっちだっ!」

イェルクッシェくんが声のする方に駆け寄ると、
小さなラビネの女の子が今まさに大きなスズメバチに襲われているところでした。

「こらーっ!あっちいけーっ!!」
イェルクッシェくんは大きな声で叫びました。
薄ももいろのラビネの女の子はイェルクッシェくんに気づくと、こちらに走って逃げて来ました。
「イェルクッシェのおにいちゃんっ!こわいよお!」
「あっ!ももこちゃんっ!」

女の子はイェルクッシェくんと仲良しの、ジャスミンさんの妹のももこちゃんでした。
その背中に、スズメバチの大きな口が迫っています。
まさにその口がももこちゃんの背中に届きそうな寸前、
草に足を取られてももこちゃんが倒れ込みました。
その僅か数センチ上をスズメバチの巨体がかすめてゆき、
イェルクッシェくんも飛び越えて、再び態勢を整えて旋回してきます。

そのすきにイェルクッシェくんはももこちゃんの所まで駆け寄ると、
草むらの安全な所に隠そうとしましたが
転んで傷だらけのももこちゃんは泣いて痛がって、なかなか動かせません。

「がんばってももこちゃんっ!逃げなくちゃ!」

旋回したスズメバチは今度は失敗しないようにと、一直線に迫ってきます。
イェルクッシェくんは覚悟を決めて、ももこちゃんの前に立ちあがると、
まっすぐにスズメバチに向かいました。
「さあ、こいっ!」

その時、眼のくらむ閃光がスズメバチを貫きました。
と同時にイェルクッシェくんとスズメバチの間に、黒い影が割り込んできました。

「その子を連れて、早くゆけ。」

その声と同時に、次の閃光がスズメバチを襲いました。

それは夜の闇のような羽根を広げた、体つきもがっしりとした大きなムシチョウでした。

不意を喰らったスズメバチは、
怒り狂って今度はそのムシチョウに襲いかかろうと向き直りました。

「僕も一緒に戦う!独りじゃ無理だよ!」イェルクッシェくんが叫びました。

黒いムシチョウは不敵な笑みを浮かべて、イェルクッシェくんをちらりと見やりました。

「その心意気はありがたいが、まずその子を安全な所に連れていってもらう方が助かる。
それが出来るのはお前だけだと思うが。」

「でも・・。」

言い淀むイェルクッシェくんに、小さなももこちゃんは泣きながらしがみついています。

再び襲いかかるスズメバチの大きなあぎとをかわしながら、
黒いムシチョウはもう一度イカヅチをその頭上に落としました。

「コイツには貸しがあるんだ。オレ独りで大丈夫だ。
さあ、早くいけっ!」

イェルクッシェくんはこぶしをぎゅうっと握りしめると、叫びました。

「ももこちゃんを置いて、すぐ戻るよっ!すぐだからねっ!」

そしてももこちゃんを抱き上げると、ジャスミンさんのお家に不思議な力を使って飛びました。

「頼もしいな・・。」

黒いムシチョウは思いもかけぬ優しい笑顔で、イェルクッシェくんの消えた場所を見つめました。
そして巨大な敵をしっかりと見据えました。

「今日こそこれで終わりにしようぜ。
・・・来な。」


一方イェルクッシェくんは、ももこちゃんを抱えたま、ジャスミンさんのお家に降り立ちました。

でもあんまり慌てていたので、着地の時に尻もちをついてしまいましたが

それでもその姿が完全に現れる前から、大きな声で叫びました。

「ジャスミンさんっ!ももこちゃんが怪我したのっ!僕、もどらなきゃっ!!」

その声に奥の扉が開き、白くてどろどろした何かがふたつ、
イェルクッシェくんの方に向かってきたのです。

ももこちゃんは一瞬泣きやみ、ふたたび強くイェルクッシェくんにしがみついたものですから

もういちど飛んでゆこうとしたイェルクッシェくんはまた尻もちをつきました。

「ももちゃ~んっ」

「イェルクッシェく~んっ」

その白くてどろどろしたものが二人の名前を呼んだモノですから
ももこちゃんは金切声をあげて、足をふみならしました。

イェルクッシェくんはしばらくお目々をぱちぱちしていましたが、
たちまちふわふわの尻尾を、デッキブラシのようにぴんと立てました。

「マカモウだなっ!来いっ!僕がこらしめてやるっ!」

その勇ましい言葉にもオバケ達はひるむことなく、ずんずんとイェルクッシェくんに迫ってきます。

「ちがうちがうっ!僕だよ、ノドだよ~っ!」

「私よ、ジャスミンなの!」

二人の必死な声に、イェルクッシェくんはあれ?っとお首をかしげました。

そしてお鼻を空に向けてアハハハハハッ!と笑いだしました。

「なあんだ、ノドくんとジャスミンさんだぁ。何して遊んでいたの?」

「遊んでいたんじゃないよ―。ジャスミンさんのホットケーキを作るお手伝いをしていたんだよー。」

ノドくんがお顔の前の白いどろどろから、ようやくお目々だけ出すのに成功して言いました。

くりくりとしたお目々がのぞくと、またイェルクッシェくんは大笑いをしました。

「アハハハハハ!おかしいなあ!ノドくんだ!ホントにノドくんだ!」

腰に手をあてているらしいシルエットのジャスミンさんが、ようやくくもぐった声で言いました。

「ノドくんに小麦粉とミルクを混ぜてもらっていたらね?
ノドくんたら、わざわざ私の前でつまづくんだもの。」

「それでボウルごとジャスミンさんに・・。僕、拭いてあげようとしたんだよ?
でも僕までべたべたになっちゃって・・。」

そしてノドくんとジャスミンさんはお互いを見つめて、ぷっとこらえ切れずに笑いだしました。

イェルクッシェくんがノドくんに「びっくりしちゃったなぁ!」と笑いながらしがみつくと、
イェルクッシェくんも真っ白どろどろになりました。

「すごいかっこうだね。」

「なんだか固まってきたみたいで、ごわごわしてきたわ。」

泣きべそをかいていたももこちゃんまでが、ようやく笑いがおさまってくると、
ふとジャスミンさんがいいました。

「ももちゃん、怪我したって言ってなかった?」

「あっ!」

「あっ!」

ももこちゃんとイェルクッシェくんが同時に叫びました。

「僕戻らなくちゃ!黒いムシチョウさんが戦っているんだっ!」

「大きなスズメバチがきたの!」

さっとジャスミンさんとノドくんの顔が青ざめました。

「怪我をしたの!?」

ノドくんが叫ぶように聞きました。

「だいじょうぶ。ももが転んだだけ。
でも助けてくれた黒いムシチョウさんが、ひとりで戦っているの!」

「よし、ジャスミンさんはももこちゃんをお願い。僕とイェルクッシェくんでいってくるっ!」

「でも・・っ!二人で行ってもスズメバチじゃあ・・っ!」

「大丈夫。勝てなくても、追い払うくらいできるよっ!心配しないでっ!」

「シュッ!」

言葉も終わらない内に、ノドくんとイェルクッシェくんは、戦いの場所へ飛び戻ってゆきました。


焼き焦げた草と、なんともいえない嫌な匂いがまず鼻を打ちました。
その次は激しい稲光と雷鳴が響き渡り、距離を開けて飛び降りた黒いムシチョウの姿と
それに追いすがり、
掴みかからんばかりの大きなスズメバチの焼け焦げた頭が、視界に現れました。

たったひとりの攻防で、流石の黒いムシチョウも息があがっているようですが、
眼光だけは鋭くスズメバチを圧しているようでした。
ただいくつも黒い羽根が地面を舞っている所をみると、決して無傷ではないようです。

「こらーーーっ!!小さい子をいじめちゃだめだよーーっ!!!」

ノドくんの横で、とてつもなく大きな声が鈴の音と共に鳴り響きました。

黒いムシチョウの手助けにと駆けだそうとしたノドくんは、思わず立ち止まり
黒いムシチョウとスズメバチは同時に振り向きました。

そこには真っ白などろどろした何かが、
鈴を振りながら何か大声で叫びながらつっこんでくる所でした。

スズメバチはシュッと後ろに飛び退きました。
少し逡巡するようにその場で翅を震わせ、空中に止まっておりましたが
もう一度鈴が高らかに鳴り響くと、すーーっと森の方へ姿を消してしまいました。

そのスズメバチの姿を、しばらく鋭い眼で見上げていた黒いムシチョウは、
そのまま空を見上げて、やがて穏やかな低い声で言いました。

「今回は君たちに助けられたな。
・・・今度会った時は、とどめをさすよ。」

そしてこちらを振り向く事も無く、森の中へ歩み去りました。


「ももこちゃんを助けてくれてありがとうって言いたかったのに。」
イェルクッシェくんが大事な鈴をしまいながら言いました。

「うん。僕、何にもしなかったのになぁ・・。」

ノドくんはおともだちの秀吉くんだったよなぁと首をかしげていました。
でもあんまり厳しい様子に、声をかけてはいけない気がしてその後ろ姿を見送りました。

「ああこれ,ももこちゃんのお買い物だったんだね。」
イェルクッシェくんが地面に落ちて割れてしまった瓶と、
その近くに転がっていたお買い物かごを見つけました。
「くんくんくん。甘くておいしそうな匂いがするね!」

ノドくんもイェルクッシェくんの近くにゆくと、メープルシロップの甘い香りがしました。
「そっかぁ。きっとホットケーキにかけるのを買いに行ってくれていたんだね。
・・・・でもこれじゃあもう使えないね・・。」

そしてべとべとの小麦粉が固まりだして動けなくなってきたイェルクッシェくんとふたり、
せーの、一緒にと声をかけて、
心配しているジャスミンさんの家まで、魔法の言葉でとんでゆきました。

みんな無事で本当によかった、と、
そのままでずっと青い顔で待っていたジャスミンさんは、ようやく涙を拭くと、
お着換えしてくるね、と奥に入ってゆきましたので
ノドくんとイェルクッシェくんは、包帯をまかれたももこちゃんを連れて、近くの川まで走りました。

川のお水は冷たくて、
ふたりとも修行だ、修行だといいながら、お互いの体をごしごしじゃぶじゃぶ洗うと、
イェルクッシェくんはなんだかいつもよりつやつやな毛なみになり
ノドくんもぴかぴかの羽根になったようです。

大きな岩の上で、お日さまと風で濡れた体を乾かして、
イェルクッシェくんのしっぽがまたふわふわになる頃
ふたりの間でいっしょに寝転んでいたももこちゃんが言いました。

「おにいちゃんたち、助けに来てくれてありがとう。
ほんとうにこわかったの。」

イェルクッシェくんはぴょおんと飛び起きると、胸を張りました。

「鍛えているからねぇ!」

ももこちゃんはにこにこしていましたが、ちょっぴり残念そうに言いました。
「今日はおいしいホットケーキ、食べたかったのにな・・・。
シロップをももこ落としちゃったの・・。」

ノドくんとイェルクッシェくんは顔見合わせました。

その時ノドくんがあっ!と言って立ち上がりました。
「そうだっ!僕、前の年に森の中でみつけたんだよっ!
みんなで行こう行こう!・・あるといいなぁ!」

「なになに?」

「冒険だねっ!」


ノドくんは二人の手を引いて、川の向こう側の森の中に走りだしました。

しばらく走ったところで、ノドくんが立ち止まって、こんもりした木を指さしました。

「やったぁ、あったあった!ほらみて!」
「わぁ!」
「いっぱい実をつけているね!」

それは大きな木イチゴの茂みでした。

「ホットケーキの上にこれをいっぱい乗せたら、きっと甘くなるよ!」

「わぁい、わあい!」

ももこちゃんはぴょんぴょんととび跳ねると、
ポケットの中から大きなハンカチを出して摘み始めました。
ノドくんも赤くて美味しそうなのを選んで、そおっとそのハンカチにいれました。

イェルクッシェくんは高い木の所についている大きな実を上手に採って来てくれました。
たちまちハンカチには赤いぴかぴかした宝石のような実がいっぱいになりました。

「おねえちゃん、喜んでくれるかなぁ?」
「おいしいって言ってくれるといいね!」

3人が実を潰さないようにそろりそろりと家に戻ると、戸口のドアノブに何かかかっています。
袋に紐がつけられて、中に何か瓶が入っているようです。
3人がそおっと開けてみると、金色に光るとろりとした液体が瓶の縁あたりまで入っています。
ノドくんが器用にお指を使って蓋をはずすと、優しい甘い匂いがしました。
3人は声を揃えで言いました。

「はちみつ!!」

「きっと秀吉くんが、割れちゃった瓶を見て、
代わりのはちみつを持ってきてくれたんだっ!」

「やさしいなぁ!」

素敵な贈り物と、ぴかぴかの真っ赤な木イチゴをテーブルに並べると
ジャスミンさんは頬を薔薇色に染めて微笑みました。

「これで美味しい美味しいホットケーキができるわ。」

ジャスミンさんは新しいエプロンをきりりとつけると、魔法のような手際の良さで
次々とキツネ色にふんわりとまあるいホットケーキを、お皿に重ねてゆきました。
お部屋の中にはバターと小麦粉とお砂糖の焼ける、幸せな香りでいっぱいです。

ノドくんも、イェルクッシェくんも、嬉しくなって
ふたりで邪魔にならないように、「美味そうで嬉しい踊り」を
ああでもないこうでもないと踊りました。

ももこちゃんはそっとジャスミンさんの所に近付くと、エプロンのすそをつんつんとひっぱりました。
なあに?とかがむジャスミンさんの耳元で、つま先立ちで一生懸命お話ししています。
ジャスミンさんはにっこり微笑むと、戸棚から綺麗な小さな紙の箱を取り出しました。
そこに真っ白な紙ナプキンを敷きました。
お皿から3枚のホットケーキを中に入れると、ぴったりと治まりました。

なあになあに?とノドくんが覗きに行くと
「黒いムシチョウのおにいちゃんにあげるの。」とももこちゃん。
「そっかぁ!」
「いっぱいありがとう、っていう気持ち届くかなぁ・・?」
「よしっ!僕に任せておいて!」
後から来たイェルクッシェくんが箱の中をごそごそとすると蓋を閉めました。
「これで大丈夫っ!黒いムシチョウさんの所にみんなで行こう!」

みんながにこにこしながら大急ぎでムシチョウの家から戻ってくると、
片付いたテーブルには、
真っ赤な木イチゴがたっぷり乗った、あつあつのホットケーキが並べられていました。

「さあ、熱いうちにいっぱい召し上がれ!」

みんなは歓声をあげて椅子に座ると、元気よくいっただきまーすっ!と声を揃えました。

たっぷりとかかったはちみつと、あまずっぱい木イチゴの熱々のホットケーキは
みんながお腹がぱんぱんになるまで食べても、まだ食べられそうな気がしました。



さてその少し前、抑えられたくすくす笑いを扉の外に感じ、
黒いムシチョウはふと脇の傷の治療の手を止めて、いぶかしげに扉の方を見やりました。
それがさざ波のようにひくのを待って、彼はそっと扉を開きました。

そこには誰の姿も無く、綺麗にしつらえた紙袋だけがぽつんと置いてあります。
中を開くと、また紙の箱があります。

彼はしばらく戸惑ったようにその箱を見つめていましたが、
家のテーブルまで運びこむと蓋を取りました。
中にはキツネ色にふんわりと焼けた、まだ温かなホットケーキが入っていました。
その上に木イチゴが不規則に並んでいます。

しばらくそのホットケーキを見つめていて、
彼はようやく木イチゴで字が書かれているのだと気づきました。
苦労してようやく解ったのは

『し1之る>U之』という文字。

「これはなにかの暗号かな?」

黒いムシチョウは眉間にしわを寄せて、しばらく腕を組んでその文字を見つめると
頭を右にしたり斜めにしたりして考えました。

そして目をつぶると、突然あっ!っと声をあげてもう一度見直すと
天を向いていきなり大笑いをしました。

「な、なんで・・・。あはははははっ!
ちびさんと作ったんだなっ!あはははははははっ!!」

いて、いて・・とわき腹を抑えながらもうひとしきり笑うと、
「ごっそさん。」といってペロリと三口ほどで綺麗に箱を空っぽにしてしまいました。

その瞳には先ほどまでの暗い怒りはすでになく
穏やかに澄んで、楽しげに細められたままでした。


さてこちらは、ジャスミンさんの明るいお庭の柔らかな草の上です。
仰向けに寝転がってぽんぽんのお腹をさすりながら、ノドくんはイェルクッシェくんに聞きました。

「黒ムシチョウくんにあげたホットケーキに、さっきももこちゃんと何をしていたの?」

「ありがとうの気持ちをたくさん詰めていたんだよ?」

「気持ち?ありがとうって書いていたの?」

「それはジャスミンさんとももこちゃんでいっぱい込めてあったからね?
『僕も』って書いたんだぁ!」

「僕もって?」

「それじゃあよく解らないと思ってね?
僕の名前を書いたんだぁ!」


それで黒ムシチョウさんにちゃんと伝わったのかなぁ、とノドくんは心配になりましたが
きっと秀吉くんなら解ってくれただろうなぁ、とにっこりしました。







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小説 短編 『晩秋』 [創作]

狭いアパートの階段をいつもの通り、意味も無く数えながら降りてゆく。
雨にあたらないように停めてある自転車簡易なカギをはずすと、
金属に触れた指先がひんやりと冷たい。
カギをしまい、まだ靄のかかっている道まで自転車をひいてくると、朝の喧騒が耳をうつ。

また朝が来た。
僕の心なんてお構いなしに
また新しい一日が始まったんだ。



「人は何のために生きていると思う?」
とミオは手に持っていた厚めの図書室の本を、ぽんと音を立てて机の上に置くと
僕の顔を覗き込んだ。
彼女の話はいつも唐突だ。
「死ぬのが面倒だからだろう?」
僕は週刊の漫画雑誌から眼もあげずに応えた。
「リョータくんたら、ちっとも真面目に考えていないでしょ。」

開け放した窓からサッカー部の掛け合いと、遠くで吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
傾いた陽がやわらかく校舎を包んで、そろそろセピア色に変わろうとしていた。
少人数の同じ中学の出身だった所為か、クラスが同じになると、
気心も知れている上に、帰る方向が同じな事もあって、
なんとなく僕らは時間を合わせて学校を出るようになった。
図書委員会のあるミオを、帰宅部の僕が待っているのがいつもではあったが。

ミオは決して美少女ではないが、笑うと大きな目が猫のように細められ
それがあんまり楽しそうにみえるものだから、見ているこちらまで心楽しくなってしまう。
そしてなによりも、その性格の明るさと、優しい気配りができるので
中学時代から男女の分け隔てなく友人が多かった。
高校に入ってからはクラス公認!とよく冷やかされたが、
僕はむしろそれがなんだか嬉しいくらいだった。
でも僕らは手をつなぐでも無く、中学の時と同じように
とても仲の良い気の合う友人同士で、それ以上でもそれ以下でも無かった。

校門からバス停までのだらだらした細い登り道を、僕らは何も言わずに歩いた。
ミオは少し僕から離れると、道の両脇に丈高く茂っているススキの穂をそっとなでた。
「うふふふ。やわらかい。一面の金色ね。」
彼女はハイタッチをするサッカー選手のように、
両脇のススキの穂を、順番にぽんぽんと触れていった。
道の端と端をくるくると回りながらなでてゆくものだから、
セーラー服のスカートといっしょに、肩までのさらさらした髪まで
まあるく円を描いて広がった。

まるで小さな少女のようだった。

遠く沈む夕焼けの最後のゆらめきが、踊るように先をゆく彼女を
輝くオレンジ色に浮かびあがらせて
僕は一枚の宗教画の前にいるような、崇高で胸が痛くなるような感動を覚えていた。

暗い森の中を何日も彷徨い歩いた末に見つけた、山小屋の小さな灯火のような。
長い病の末にようやく目覚めて、そこに優しい母の笑顔を見つけたような。

きっと僕はこの風景を、この先何十年経っても鮮やかに覚えている。
遠い日に故郷を想う時にもきっと思い浮かべるだろう、ふとそんな事が頭をよぎった。

ミオは息を切らして戻ってくると、にっこり笑った。
「わかったわ。きっとこの美しい世界をいっぱい楽しむためだわ。」
その紅潮した頬と、きらきらとした瞳と屈託の無い微笑み。
僕はきっとこの瞬間にミオに恋をしたのだと思う。
まさしくすとんと落ちたこの想いに、
僕は彼女が何に対して『わかった』のかさへ、理解できていなかった。

ミオの優しい仕草やさり気ない気遣い、弱い者を守ろうとする正義感。
その時々のミオが僕の中で駆け巡った。
思わずそのひんやりとした華奢の指先を握りしめたまま、
彼女と共にどこまでも歩いて、美しい世界をもっとたくさん見せてあげたいと本気で考えた。
僕の道の隣にいるのは、ミオであって欲しい。
この手は決して離してはいけない。

僕は自分でも戸惑いながら、しどろもどろに自分が彼女の特別な人間になりたいと伝えると、
僕を見つめるミオの大きな瞳から、涙がぽろぽろと溢れた。
「そんなこと・・。私にはもうずっとリョータくんは特別だったのに。」
そして涙のままの笑顔で、僕の両手をぎゅううっと握り返した。

それが僕らの最良の日々の始まりだった。


僕らはいつも微笑みあった。
時には怒り、いくつかの涙も流したが、
そんな喧嘩をして泣きながらでも、彼女は僕と共にいてくれた。
どんな出来事も哀しみも、僕らをひき離す事はできなかった。

彼女は僕自身よりも僕の事を深く理解してくれていた。
僕らはもともと魂がひとつであったように、どんな時でも一緒にいた。

そんな日々はずっと続くものだと信じていた。

そう、続くべきなんだ。




僕は自転車をいつもの駐輪場に停めた。
大きな門を入ると、そこは広く明るいエントランス。
ここはいつも静かだ。
エレベーターを待つこの数分間。
いつも胃がぎゅうっと掴まれるような感じがする。

大きく息を吸い込んで、扉を開く。

ミオは車椅子に座ってこちらを見ている。
実際は顔をこちらに向けている、が正しい。
彼女の瞳は僕の姿を映しても、もう何も反応はしない。

「やあミオ、きたよ。」
僕は途中で抜いて来たススキを三本、
大事にそっと上着のポケットから出すと、ミオの手に握らせた。

「ほら。ミオの好きな美しい世界だよ。」
ミオの表情がほんの少し動く。
手がススキの穂を慈しむようにあてられている。

「まあ。」付き添っていた中年の介護士が声をあげた。
「今日はちゃんと解っているようですね。嬉しそう。」
「これでも笑っているのですよ、ミオは。」
「そうですね。」

介護士はミオに向き合うと、耳元で大きな声をあげてゆっくり話した。
「ミオおばあちゃん、よかったね?だんなさんがススキ持って来てくれたのね?」

ミオの目がしばたいた。
きっと脳の遠い所で、ミオも僕と同じ風景を見ているのかもしれない。


広大な世界の中で僕を見つけ、愛してくれた。
他の誰にも替わる事の出来ない、唯一のかけがえのない女性・・・・・・ミオ。
初めて会った子供の頃から、こんなに長い間僕らは一緒に歩いて来たんだ。
哀しませた事もいっぱいあった。
君の口癖の『大丈夫、大丈夫。』が聞きたい。
せめてあの笑顔をもう一度見る事が出来れば、どんなに幸せだろう。

それでも・・。

ねぇミオ。

僕は目覚めると毎朝君のことを考える。
君が僕にくれたたくさんの日々の事を考える。

そうだよ。
君は僕に明日へ向かう勇気を毎日くれている。
ただそこに息をして、存在しているだけにしても。


人は何のために生きているのだろう。
ミオが言ったように、この美しい一瞬を楽しむためかもしれない。
でも僕は今思う。

人は誰かのために・・・
誰かに勇気を与えるために
頑張って生きてゆくんじゃないだろうか。
ミオが僕にこうして、今でも与え続けてくれているように。

ありがとう、ミオ。
僕の為に生きていてくれてありがとう。

僕はミオの折れそうな細い手をそっととった。
ふたりの手の中で、ススキがゆらゆらと頷くように頭を振った。

僕は彼女の耳元でゆっくり話しかけた。

「ミオ。僕の特別は、ずっと、いつまでも、君だけだからね?」

ミオの目がまたしばたかれた。

そして微かに・・
ほんとうに微かに、僕の手がゆっくりと握り返されてきた。



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少し体調がいいので・・。 [雑記]

また書いてみようかなと、ふとおもいました。

誰が来て下さる訳でもないんだけれどw

何か残しておきたくて。
きっと以前のようにはゆかないけれど。

まあ、それも御愛嬌。


近況。

相変わらす入退院を繰り返し、入院のたびに余分な病気を薬と比例して増やされています。

結局手術をする事も出来ず、痛みどめで乗り切るまいにち。

手術して良くなるモノでもないしね。

現状をいかに長く持ちこたえてゆくか。

気を抜くと悪化してゆくしかない。

病院は最上のお得意さんを確保したと思っているんだろうな、とちょっと斜に構えてみたり。

この悪寒と吐き気とだるさと痛みに耐えるしかない日々が現況維持というのが、腹立つばかりですが

それでも生きてゆく事は僕にとって、毎日が毎時間が貴重な事。

それはきっと、僕には大切な人がいるから。

この地上に共に生きて時間を共有できることが、今の僕にとって最上のことだから。

そりゃあ、人間だもの。

お互い腹を立てたり、怒ったり、落ち込んだり、泣いたり騒いだりもあるけど

僕にはそんな時間さえも、愛おしく感じる。

でもできれば、笑って幸せでいてくれる事がいちばんなんだけどなぁ。

僕はいつまで僕でいられるんだろうか。

永遠なんてないんだろうけれど、

僕は大切な人のそばにいたい。

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小説 中編 『桔梗』 [創作]

「こらーーっ!喰っちまうぞーーっ!」

キノコ採りに来てたらしいバアさまの後ろにそっと近づくと、オレは腹の底から叫んだ。
「ひょえええええ~~っ!」
バアさまはキノコでいっぱいの籠を放り投げると、ころころと坂を転がり落ちて行った。

「うはっはっはっはっはっ!!」

オレはキノコをかき集めると、自分の背負いかごにぽんぽーんと入れて走って逃げた。
今日はキノコ汁にしよう。
後は・・・・魚がよいなぁ。

川に出ると、いたいた。
渓流に半ば浸かりながら、釣り糸をたれてじっと川面を見つめているおやじさん。
その脇の魚籠からは、大きなイワナの尻尾がぴちぴちと見え隠れしている。

オレはそおっと忍び寄るとまたまた大声で哮えた。

「うおおおおおおおっ!!!」

おやじさんは振り返ると飛びださんばかりのでっかい目玉でオレを見つめて
オレとあまり変わらない声で叫んだ。

「うわああああっ!!!鬼じゃぁあああっ!!」

おやじさんは顔いっぱいに口を開いたまま、尻からそのまま川へつっこみ、
速い流れに流されていった。


やったあ!これで魚もオレのもんだ。

戦利品は、まるまるとしたイワナを3匹。
川沿いの笹竹の小枝をぱくぱくしている口に突っ込むと、そのまままた背負い籠に入れて
オレは大満足で棲み家に帰った。

オレは鬼という生き物らしい。
オレがガキの頃はよく石を投げてきたりもしたが、今はみな逃げてゆく。
身の丈は6尺5寸(約195cm)以上あるし、腕っぷしもだれにも負けない。
向かって来るイノシシだってぶん殴って捕まえた。
ぐるぐると渦まく髪の中に、みんなが言うようなツノは見つけられなかったが
きっと鬼の中でもオレは仲間はずれモンなんだろう。
だからオレは童の頃から独りだった。
気がついてみると、いつも独りだった。

オレはお腹がいっぱいで、あったかい寝床があればそれだけでよい。
熱々のキノコ汁とイワナを腹に収めると、オレはごろりと横になり眠った。

棲み家のあばら家の隙間から太陽が見える。
あの高さだともう日中だな。

オレはもう腹が空いている事に気がつき、また川に出かけた。
洗濯ついでに服のまま飛び込むと、渓流の冷たさにいっぺんに眼が覚める。

しばらく泳いで、浅い所で小さなカニを3匹ほど捕まえて、石でとどめをさすと
びしょびしょの服をしぼって干した。
日なたの岩場にふんどし一枚でそのまま横になると、
お日さまの光がつむったまぶたに赤く差し込む。
じんわりとした暖かさが、心地よい。

ふいにその陽が遮られた。

オレは目を開けると同時に、起きあがり身がまえてあっけにとられた。

年の頃6つほどの童子が、しゃがんでオレを覗きこんできたのだ。

「なんだお前は!オレは鬼だぞうっ!喰っちまうぞっ!」

オレはとびっきりの怖い顔と声ですごんで見せた。

童子はきょとんとした顔でオレを真っ直ぐに見返した。

「オヌシはワレを喰らうのか?」

オレは戸惑った。
今まではそう言うと、皆腰をぬかすか気を失うかのどちらかで
話しかけられたのは初めてだった。

「お、おうっ!喰うぞっ!そこのカニみたいにぺしゃんこにして、頭からばりばりと食うぞっ!」

「へーえ。」童子は感心したようにオレを見上げると、にこにこしながら近寄ってきた。

「ワレはカニのように旨いのか?それは知らなかった。鬼というのはすごいのう。」

オレは思わずその童子から2歩3歩と後ずさった。
童子は歩を速めると、ぽーんとオレの足にしがみついた。

「オヌシは大きいのう。ワレが見た中でいちばん大きいぞ?」

オレは慌てて足をばたばたして振りほどこうとしたが、それは童子を余計面白がらせたようだ。
キャッキャと声をたてて笑い出した。

こんなフザケタ状況は、オレには納得が出来ない。
どこからこんな童子が湧いて出てきた。
この辺では見たこと無い顔だし服装だが、親はいないのか?
オレはきょろきょろとしたが、他に人影もない。

オレは見なかった事に決めた。

足に童子をしがみつかせたまま、未だ濡れた服を身につけると、
カニを拾って棲み家に戻る

その内にどこかに行くだろう。

途中で流石に腕がつかれたのだろう。
ころりと地面に落ちたが、振り向きもしないオレの後ろにぴょんぴょんと着いて来る。
歩を速めてもまだ諦めない事に気付いて、走って棲み家へもぐりこんだ。

いつもはしない扉に、心張り棒をあてがうと戸板の隙間から外を伺った。

「ここまで追いつく訳ないか・・。なんだったんだ・・・?」


ふと数日前に、もう里山に降りてきたのかと驚いたイノシシがいた事を思い出した。

「まさか・・出会うなんて事・・ないよな・・?」
オレは一度童の時に、大イノシシに追いかけられて、死に物狂いで逃げたのを想い出した。
ふるふると頭を振るって、あんなチビスケのヤツ
別にのたれ死のうがオレには関係はないぞと思い直した。

まだからみついた腕の感触の、温かさが残っている足を無意識にごしごしとこすった。

オレは心張り棒を持って外に出て、耳を澄ました。

ふと、鳥が鳴く様な高い叫びが聞こえた気がした。

オレはいつの間にか走り出していた。

「おいっ!どこだっ!小僧っ!」

山の斜面に先ほどの童子が倒れていた。
オレは慌てて駆け寄って抱き上げた。

「大丈夫か!やられたのか?!」

「オヌシ、待っておったぞ。ワレも何か喰いたい。」
童子はオレの首に腕を回すと、ぎゅううとしがみついてにこにこと笑いかけた。
あんぐりと口を開けて、オレは童子に謀られたのに気付いた。

後悔したがもう遅い。
オレはとぼとぼとそのまま童子を抱いて、棲み家に連れて行った。
オレはこんな事で迎えに行ってしまった自分自身が、よく解らずに腹立たしかった。

思いっきり不機嫌な顔をして、カニの汁ものを作った。
童子は火にかけられた鍋の前で、きちんと猫のように正座をしている。
いじわるに喰わせてやるのをやめようかとも思ったが、
その嬉しそうな顔を見ていると、その気持ちも萎えた。

いっこしかない欠けた椀に、カニをよそうと童子に差し出した。
童子はにこにこしてきちんと一礼すると、受け取ってひと口すすり目を細めた。
「うまいなぁ!」
「ワレがこれを喰ったら、今度はオヌシがワレを美味しく喰うのか?」
オレはむすっとして答えた。
「オレは人なんぞ喰ったこと無い。」
「おお、そうであったのか。オヌシは変わった鬼なのだな。」
オレはぐぅうと喉の奥で唸った。
「喰ったら里まで送ってやるから、さっさと帰えれ。」

童子は椀をオレに返すと、「ご馳走になった。」と頭を下げた。
「ワレを喰わないのなら、お礼が出来ないから、もう少しここにいるぞ。」
「ああ?」オレは呆れた。
「小僧。お前頭どうかしているだろう?
オレは鬼だぞ?鬼と一緒にいたいなんて、オレが怖くないのか?」
童子はにこにこと笑った。
「ワレは鬼がどんなものか知らなかった。
オヌシが自分を鬼というなら、ワレは鬼が好きだ。」

「あああっ??」
オレは口をぱくぱくと動かしたが、言葉が出て来なかった。
童子はそんなオレをにこにこと見つめている。
オレはカニ汁を口にかき込んだ。
腹の奥底にお日さまのようなあったかさが沁み渡る。
それがいつの間にか胸の奥にまで広がり、それはいつまでも消えなかった。

夜になると童子がごろんと床に寝ている、オレのそばに来て横になった。
童子がいるだけで、隙間だらけのあばら家の中でも、少しぬくまって感じる。
気がつくと童子がじっとオレの顔を覗き込んでいた。

「オヌシの目は花のような色だのう。
昔ワレがいた所にいっぱい咲いていたの花の色じゃ。」

「優しい色じゃのう・・。」

そしてすうすうと寝息を立てて寝入ってしまった。

オレはこの家で一番暖かい毛皮を奥から引っ張り出すと、そっと童子にかけた。
熾き火がぱちんとはぜるまで、オレはその童子の無防備な紅潮した頬を眺めていた。


そして、オレと童子は不思議な共同生活が始まった。

オレは魚を獲り、時に獣を狩り、童子は木の実やきのこを探しだし
夜になると寄り添って眠った。

オレは童子の笑顔を見るたびに、
心の中に今まで感じたことの無い
陽だまりのようなあったかさが広がるのを感じていた。
それは泣きたくなるような、叫びたくなるような、それでいて大声で笑いたくなるような
不思議な気持ちだった。


10日ほど経ったころだろうか、里の近くで嗅ぎなれない匂いがした。
そっと近づくと、見慣れぬ8人程の兵士の一団が、
里の入り口でもあるつり橋の手前で陣を張っている。

この匂いは、鉄と火薬の匂いだ。
オレの一番昔の記憶の底にあった匂いだ。

この匂いの後オレの母である人が、この地にたどり着いて動かなくなったのだ。

あれは悪いモノだ。
あの子に近付けてはいけない。

風に乗って、話し声が聞こえた。

「……の先に姿をみたものが・・・。」
「みしるしだけでも・・・持ちかえり・・手柄を・・。」
「まず里の者たちを全て殺し・・・」

オレは渾身の力で、大将らしき男に石を投げつけた。
大将ははものも言わずに、案山子のように倒れ込んだ。
一斉に、他の男たちが振り返る。

「お・お・・鬼・・・っ!」

散りぢりに逃げまどう男たちを追いまわし、
そばに置いてあった槍をむんずとつかみ振り回した。

4人5人と切り伏せた時にぱーんと乾いた音がした。

火薬だっ!

鉄砲という、鉛の弾を遠くに飛ばす武器だ。

慌てて伏せたが、肩のあたりに焼けつく痛みを感じた。
近くの地面から、しゅっしゅっと土煙が上がった。
あと3人・・・。
そうだ、あのつり橋を落とせば、里にも入る事が出来まい。

オレは吠え声をあげてつり橋まで突進した。
つり橋の真ん中あたりで、今度は背と腿に火が走った。

くそう・・くそう・・くそう・・っ・・・。

絶対に・・絶対に・・殺させるものか・・・。

あの笑顔を、奪わせるものかっ!


オレはつり橋の蔓を、力任せに何度も小刀で切りつけた。
残党の3人は直ぐ後ろに迫って来て、全てつり橋に足を踏み入れていた。

悲鳴が上がる。

残党は慌てて戻ろうとしたが、元の地にその足が届く前に橋は切れ果て、
深い谷底へ、オレも共に巻き込み落ちていった。

どれだけ経ったのだろうか、激しい痛みを感じて、目が覚めた。
息を吸い込もうとしたが、それすら胸に入って来ない。
苦しさと痛みで叫ぼうと口を開いたが、もう声も出ない。

見上げた頭上の天空は、見事な茜色。
両崖に縁どられ、切り取られた空は・・・遥かに遠くに感じる・・。

オレはアイツの笑顔を守れたかなぁ。

あれ・・・?なんだろう。

アイツに会った時の胸のあったかさだけを、今感じる。


そう悪い気分じゃないぞ。




お前に会えて よかったよ。

ちゃんとそう言ってやれば


よかったなぁ・・・・。



ありがとな。
















「さあお館さま、まいりましょうか。」
「少しだけ、待ってくれぬか?」

ある穏やかな秋の日、そのさま卑しからぬ若者が
眼付の鋭いお伴を独りだけ連れて、見事にしつらえられた馬上から降りた。

「昔な、ワレはこの先で鬼と共に暮らしていたのじゃ。」
「鬼・・・でございますか・・?」
「ああ。ワレはその鬼に命を救われたのじゃ。
その時、ここのつり橋は落とされておってな・・・。

あっ・・・・。」

谷底を覗き込んだ若者は、しばらく息を飲むように沈黙した。


遥か谷底に一面の桔梗の花が、紫の絨毯のように咲きこぼれていた。


「そうか・・。
鬼よ。ここに居たのだな。

お前の眼の色の花だ・・。

ワレは決して忘れまいぞ。」

そして高い蒼穹を仰ぎ、ほんの少し微笑んだ。

「いずれワレが天下を平らけく、オヌシのような鬼も民も元気でいられる国を造るからな。
その時まで、ワレからの礼は待ってもらうぞ。」

そしてお伴の手も借りずにひらりとふたたび馬上の人となると
そのまま元来た道を早駆けさせてゆく。
その後を伴が全力で追いすがって行った。





未だ夜の闇が今よりもほんの少し深い頃。

むかしむかしの刹那の物語である。

                                         ____  了  ____
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これまでのリヴリー小説 まとめてみました [創作]

ノドくんの紹介をというお話しがありまして、
僕の下手くそな紹介よりも、むしろ彼の語ってくれたお話しを見て頂いた方がよい気がしまして
まとめてみました。

そのまま載せるのは恥かしい昔のモノばかりですが
お暇なときにでも眼を通して頂けると、嬉しい限りです。



『ただいま』 
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-01-30

『半分こ』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-02-14

『嘘』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-04-11

『五月五日の冒険』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-05-05

『野宿の夜に』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-07-04

『七夕のうた』 
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-07-05

『太陽のカケラ』 (前篇)
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-04-13

『太陽のカケラ』 (後篇)
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-04-23

オメデトウ
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-06-26
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小説 短編 『新たなる日』 [創作]


少年は一心に上を見つめて、険しい岩肌にとりついていた。
振り返れば、その高さに心が折れるのは解っていた。
ひたすら全身全霊で神経を研ぎ澄まし、指先とつま先で
あるかないかの岩の突起やくぼみ、亀裂を探し出して
つま先を乗せ、指を押しこみ、体を上へ上へと押し上げていった。
時折ゴオオッと音をたてて、風が吹きあがる。
その度にしがみついている岩肌から体をひきはがされそうになる。
少年は浅く息を吐きながら、
いっそ手を離して、落ちてしまった方が楽なんじゃないかという誘惑とも戦っていた。
体が熱くだるい。
不快な汗が額と背中を伝う。
足も腕も攣れたように痛み、小刻みに痙攣している。
体を支えるどころか、腕をあげているだけで苦痛になって来る。
オーバーハング気味の岩が頭上にかぶさり、崖上は見る事が出来ない。
斜めにルートを取り直し、ふたたび少年は壁にとりついたイモリのように
ゆっくりとだが着実に上へと向かう。
そそり立つ崖の頂上に指先が届いた。
少年の心臓も頭も、もう破裂しそうにどきどきと脈打っている。
ここで落ちたら・・。指先の岩が崩れたら・・。
登っている時以上の恐怖が、手足を強張らせる。
少年は大きく息を吸って、呼吸を整えた。
はずみをつけて最後の足場の岩を蹴ると、崖に上に転がるように身をあげた。
そのまま仰向けに倒れこむと、抜けるような空の青さが目を射る。
「よし・・。よし・・・。」
少年は自分を励ますように疲れ切った体を無理やり起こすと
崖の上に広がる広大な果樹園へと歩きだした。

果樹園の入り口にはひと際大きな木が二本、向い合せに植えられていた。
少年は臆することなく、入口を通り、果樹園に足を踏み入れた。
広大な果樹園は、爽やかで甘い林檎の香りが満ちていた。
急に少年は喉の渇きを覚えて、たわわに実った真っ赤な林檎に目をやった。
ひとつくらい食べた所で、誰がいる訳でもない、見ている訳でもない。
少年は伸ばしかけた手を止める
「僕にはしなきゃいけないことがある。そのために来たんだ。」
その木を見上げると、沢山の林檎の実りの中に、ひとつだけ金色に光っているものがある。
顔を近づけると、それはちいさなちいさな人の形をしている。
幼い子供の顔をして、気持ち良さそうに眠っているようだ。
「違う、君じゃない。」
少年はそう言って、次々と林檎の木をひとつづつ覗きこんでいった。
どうも木ひとつにつき、ひとりその金色の子供がいるようだった。

どのくらい歩きまわっただろうか、少年はようやく一本の木の下に立ち止った。
「見つけた。君だ。」
その声に、金色の子供が目を開いた。
「あれぇ?僕だ。」
少年は微笑んだ。
「そうだよ。僕は君だ。やっとみつけた。君は僕の魂のコア。
僕と君がひとつになって、やっとまた僕らはひとつの命になり地上に生まれる事が出来る。」
光の子供がつぶやく。
「僕、ここ結構すきだったのになぁ。もどるの嫌だなぁ。」
少年は少し微笑んだ。
「わかるよ。」
少年は手を伸ばすと、金色の子供のちいさな手をとって木の上から降ろした。
金色の子供は大きな瞳をにこにこと細めて、少年の元へと降り立った。
「仕方ないね。待っている人がいるんだね。」
少年は黙ってうなずいた。
金色の子供はちょっと名残惜しそうに自分のいた木を見上げると、
「また戻って来る時まで、待っていてね?」と、優しく木の幹を慈しむように、ぽんぽんと叩いた。
それに応えるように、林檎の木は風もないのに枝をゆすって、
実をひとつぽとりと少年の手に落とした。
その実は輝くルビーのような色で、たちまち辺りはその神々しいばかりの香りで満ち溢れた。
「ありがとう。行くね?」
金色の子供は、少年の手の中の林檎に手を置くと、すうっと吸い込まれるように消えた。
少年はその林檎を胸に抱くと、ルビーの輝きはますます強くなり、
金色の小さな太陽のようになり、ゆっくりと少年の胸を貫いた。
少年はその場に倒れこむ。
すううっと意識が遠ざかってゆく。
その最後の一瞬、少年は懐かしい少女の顔を想い浮かべた。
優しい愛おしい大切な笑顔。
「待っていて。」
「必ず。必ず見つけるから。僕が・・。」
少年の体が薄く消えてゆく。

新たなる旅の始まり。
新たなる試練の始まり。
もがき苦しみ嘆き泣きながら、
それでもたった一人の大切な人を護るために。
仲間を支えて共に生きてゆくために。
よりよい未来を託すために。

いつか真の歓びを手に入れるために。


果樹園の入口の巨大な二本の木に、
それぞれ見た事もないような姿のものが、ひっそりと宿っていた。
その驚くほど見開かれた二頭の門番の瞳が、
やがて再び静かに閉じられる。

風はなぎ、果樹園に再び静寂が訪れた。
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戻ってきました [雑記]

ご心配をおかけしましたが、戻ってまいりました。


術後に呼吸困難を起こし、生死を彷徨わされましたが
神さまは、もう少し僕に時間をプレゼントしてくれたようです。

ただこの時の後遺症で
精神的にまでダメージを受けてしまい、
自分がいかに脆弱な精神の持ち主かを思い知らされました。


少しずつ、喪ったモノを取り戻してゆきたいと思います。


近況報告まで。
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しばらく休止。 [雑記]

今年に入って仕事も辞め、
現在自宅療養中でしたが、この度再入院を申し渡される。



ただいま入院のための準備中。





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何て年だ。 [雑記]

波乱の2011年。

来週には新年を迎える。


思い返せば厄災と共に、全てが悪い方に流れた年だった気がする。

いい事を思い浮かべようとして見るのだが、
今現在がキツイ所為か、なにも思いつかない。

今、時間が欲しいと切に想う。

やりたいこと、やらねばならないこと
時間が無い時に限って、次々出てくるもの。



でもその時間さえも、来年からは持てあますようになるのかな・・。

体がもう休めと言っているのかもしれないけれど・・w


それでも今日は耶蘇のかみさまの降誕日。

せめてすべての苦しむもの、哀しむもの、絶望に沈むものにも
ほんの少しでもいいから、優しい光が胸の内に灯ることがありますように。

その蒼ざめた頬が、薔薇色に輝く時がいつかきますように。


クリスマス、おめでとう。


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『氷の修行』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  パターンE  リヴリー小説 [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
 ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。


 以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



 ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ



さて、ここからみたび、もうひとつの物語が生まれました。



『氷の修行』


ムシチョウのノドくんは、その赤い羽根がとても自慢です。

なぜなら、その赤は、
彼が大好きな正義のヒーローを助ける、大きな鳥の色と同じだからです。

ノドくんはかっこいいヒーローになりたいと、日々こっそり修行を欠かしません。

それは暑い夏も、今日のように池に氷が張る日も同じでした。


今日も仲良しのトビネのイェルクッシェくんとノドくんは、
今年初めて凍った池へと修行にきました。

「この木から飛び降りてしゅたたんっ!て立つ修行だよ!
カッコいいポーズも忘れずにね?!」

話しながらもうイェルクッシェくんは、池のほとりにある大きな木の中ほどの枝に立っています。
「それ~っ!しゅやや~んっ!!」

イェルクッシェくんは足を前にしてしりもちをついたまま、
池の上をつーーっとすべってゆきました。

「あははははは!おもしろいなぁ!すべるすべる!」

イェルクッシェくんは元気に立ち上がるとまた木によじ登り始めます。
「それぇ~~っ!しゅやや~~んっ!!」

今度は腹這いのまま、お腹ですい~~っとすべってゆきます。

「あはははははははっ!」

木登りの上手くないノドくんもやっと木に登ると、えいっと飛び降りました。

すると・・・


ぴしぴしぴし・・。

足元から、不気味な音が・・。

「あ、あ、あ、・・」

ああ!なんと言う事でしょう。
トビネのイェルクッシェくんを支えた、今年初めての池の氷は
大きなムシチョウのノドくんを支えるには、まだ薄すぎたようです。

ばりばりばり。
ばしゃばしゃばしゃ。
ごぼごぼごぼ。

びっくりしたイェルクッシェくんが、助けようと駆け寄ろうとしますが
氷と雪のために、つるつる滑って上手くゆきません。

「ノドく~ん!しっかり~っ!がんばれ~~~っ!!」

ノドくんは一生懸命、割れた氷のふちに掴まろうとしますが、
手も足も羽根もきんきんと冷たく濡れて、痺れてうまくゆきません。

しかも薄く積もった雪も白く、氷も白く、
やっと掴まろうとしたノドくんの目測を狂わせ、拒絶します。
体中に無数の針を刺されたように痛くなってきました。

イェルクッシェくんが、氷の上をつるつると走りながら叫びます。

「がんばれっ!今、たすけにゆくよ!!たちあがるんだっ!」

声を聞きつけて、ノドくんは最後の力を振り絞ってたちあがりました。

・・・あれ・・?

なんと幸いな事に池の水は浅く、ノドくんの胸のあたりしかありませんでした。

びしょぬれになったノドくんはかちかちに凍りながら、ようよう木の根元に座り込みました。


「ノドくん、大丈夫かい?」

割れた氷の横を、そろりそろりと渡って来たイェルクッシェくんが、心配そうにのぞき込みました。

ノドくんはとぎれとぎれに言葉を切りながら、つぶやきました。

「修行、って・・・大変、なんだね・・。」
「ぼく・・・。目の前が…全部、まっしろでね・・・?なにが、なんだか・・・わからなく・・・なって・・ね・・?」

「うん。白は始まりの色なんだね!
だってお絵かきをする前の画用紙は真っ白だもの!」

「始まりと、おしまいって、おんなじ・・色・・・なのかな・・・?
だから、あんなに…みんな、真っ白・・・なのかな・・?
僕、もう・・おしまいかと・・・・おもったよ・・・。」

ノドくんはぽつんとつぶやきました。


「僕、ヒーローよりも、やっぱりヒーローを助けるトリさんでいいや。」


雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、
ようやくノドくんは思い知り、歯と体を震わせたまま、
あふれ出る涙を止める事ができませんでした。






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