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小説 中編 『嵐のあと』 [創作]

ぽきん。
足元で枯れた枝を踏み折ったようだ。

どのくらい歩いていただろうか。
いつから歩いていただろうか。
心の中がざわざわして足を止めた。
僕はどこに行こうとしていたんだっけ。

左右を見渡しても上を見ても、白く厚い霧に覆われていて
足元すら白い靄でよく見えない。

ぶるっと身震いがしたが、寒いわけではない。
まるで体温と同じ温度のミルクに、心地よく浮いているような気分になる。
きっとおかあさんのお腹の中って、こんななんだろうな・・と考えて
おかあさんの顔を思い浮かべようとして何も思いだせず
ひどく疲れてしまって、考えることをやめた。

事の異常さで、心のどこかで警報がなっているのだが
夢かな・・と思うと、もう考えることも止めてしまった。

ひたすら疲れない足を前に進め、歩いてゆく。
「ねえ、どこに向かっているの?」
耳元で聞こえたのか、自分が考えたのか分からなかったが答えが口をついた。
「この先にゆくんだよ。」
「この先に何があるの?」
体の左側に微かな空気のゆらめきを感じ、横を向くと、
触れるか触れないかの近さで若い女性が、歩幅を合わせて歩いていた。
「僕は・・知らない。君は?」
「私も知らないわ。」
若い女性は親し気な笑顔で顔を覗き込んできた。
「やっぱり男前ね。私が解る?」
眼を閉じて思い出そうとして、また頭が痛くなって首を振った。
「ごめん。君の事おぼえていないや。」
まぁ・・。若い女性は大きくため息をついて、芝居じみて肩をすくめてみせた。
「仕方ないけど・・なんか悔しいものね。」
そしてくすくすと笑った。
「こっちを向いて頂戴。」
僕の前に立って道を遮ると、顔に両手を伸ばしてきた。
避けようか悩んでいる間に、彼女は少し背伸びをして頬に触れていた。
その手はやわらかく細くてひんやりしていた。

「あなたが覚えていなくても、私は覚えているわ。ずっと、ずっとね。」

眩暈を感じて目を閉じた。

「さあ、戻りなさい。あなたの時間はまだきていないわ。」
そう言うと、とんと肩を押されて僕はよろめいた。
慌てて目を開く。
霧に煙る林が宙に浮いていて、先ほどの女性がその縁で微笑んでいた。
「またね。いつもそばにいるからね?幸せになってね?」

落ちながら僕は泣いていた。
落ちながら思い出したのだ。あの顔は・・昔写真で見たんだ・・。
若い頃の・・女学生の頃のばあちゃんだ・・。
「ば、あ、ちゃん・・。ばあちゃんっ!ばあちゃーんっ!!」




ひどい痛みで叫びながら目を開いた。
「気が付いたぞ!男性救助!」
目の前でオレンジの救護隊が走り回り、赤色灯がくるくるあたりを点滅させている。
直ぐに酸素マスクがつけられタンカが持ち上げられた。
周りの景色が見える。
耳にはいったのは、機械の喧騒をついて叩きつける雨の音。
その雨に煙る中、
目を疑う光景が、いろんな方向からあてられた強いライトに浮かび上がる。
住宅街の裏の山が崩れて、ピンポイントで住み慣れた家を押しつぶしていた。
今見えるのは土にうずもれた、二階の屋根の一部だけだ。
救助隊が掘り起こしてくれて、自分を救出してくれたのだと気付く。

そうだ、ばあちゃんと夕食を食べていて
・・僕はさっさと二階にあがって、うとうとしていたんだった。
あがるまえに振り向くと、ばあちゃんがよっこらせと立ち上がって、
食事の洗い物をしていた。

ばあちゃんは・・?

寝かされていたところにシートが敷かれ、
雨よけにもなっていない簡易なテントが見えた。
僕が寝かされていた隣に、青いシートがかけられているふくらみがひとつあった。
他に誰も人がいない。
折からの強風にあおられて、ばたばたとばたつくシートから覗いたすき間に、
小さな手が出ていて黒い紙がくくりつけてあった。
『ばあちゃん・・・ばあちゃんだ・・待ってくれ・・そこにまだばあちゃんが・・』
必死にもがいても、体も声も縛られたように動かせなかった。
「僕はいいから、先にばあちゃんを助けてやってくれよーーうっ!!」
救急車の扉が締められ、サイレンが雨のしじまを縫って響き渡る。


明るい日差しが病室を柔らかく照らしている。
昨夜の嵐が夢のようだ。
体中が痛みと傷で腫れあがっても、
僕は現実感が感じられず、白い天井だけを見つめていた。
警察が来て祖母の悔みと、家は全壊したこと、
僕が生きていたことは奇跡だと告げて帰っていった。

幼い頃から走り回って虫取りをしていた裏の山が
大雨で崩れて襲い掛かってきたらしい。
大量の土砂と木が、すべるように二階にのしかかり
夏休みの宿題の工作のように、軽々と一階を潰した。
僕は二階の窓側にいたのと、ベッドとマットに挟まれたまま土に流されて
比較的浅い位置から見つかったらしい。
僕はそれだけ聞くとたまらずに、医師も看護師も止めるのも聞かず
点滴を自分で外し、病院を飛び出した。

この場所は僕が十年間ばあちゃんと暮らした場所だ。
その景色が一変していた。

父と母は十年前、夜中に喘息発作のおこした妹を病院へ連れて行った。
僕は八つだった。
寝ぼけまなこで、ひとり暮らしのこのばあちゃんちへ預けられた。

ちぇーっ・・と思ったんだ。
可愛い妹ばかりをちやほやして僕はおいてきぼりかよ、と。
その帰り道の事故だった。
居眠りのトラックに正面から追突され、乗っていたものは全員即死だった。
何もかもが変わったんだ、その時。
自分が持っているすべてを何もかも奪われたと思った。
楽しかった時間も、家も両親も・・。

世界は終わったと思ったんだ。
ばあちゃんを困らせて、泣かせたこともある。
「ばあちゃん・・ごめんよ・・。僕・・。」

僕は死神みたいだ。周りに死をもたらすしかない死神みたいだ。
山に沈んだ家のこんもりとした塊の前で、僕はへたり込んだ
涙すらでてこなかった。

見上げると、崩れた山の向こうの視界が開けて見える。
昨日の嵐に洗われたようなぴかぴかの青空に、
真っ白い雲が大急ぎで流れて行く。
自分が生きて来た十八年間すべてが、また音を立てて崩れ去り
飛び去ってゆく気持ちがした。

すかすかで、からっぽの僕。

想い出のつまったこの場所すら、この地上からなくなったんだ。
僕を産んでくれた両親。育ててくれたばあちゃん。
そんなわずかな記憶の形でさえ、僕にはもうないのだ。
この世界で僕はなんて孤独なんだろう。
僕のことを知らないモノばかりの世界で、
僕は本当に生きているのだろうか。

生きていていいのだろうか・・。


こんもりした瓦礫に目を落とすと、目の端に何か赤いものが動いた。
人か・・?
誰もいないと思って、火事場泥棒よろしく金目のものを物色しに来たのかもしれない。
こぶしを握り締めると、立ち上がってその人影をにらみつけた。
しばらく見ていると・・
・・あれ?女の子だ・・?
茶色系の制服らしきものの上に、赤いカーディガンを羽織っている。
こちらに気づいたらしく、手を振りながら走ってくる。

それが突然ふっと視界から消えて、僕は驚いて二、三歩前に足を踏み出した。
・・なんだ・・何かにつまづいて転んだらしい。
転んだまま少し足元をごそごそ探っていたが、
再び起き上がるとまたこちらに走ってきた。

「わぁー!すごいね!本当に生きているんだね!」
そう言うと、走ってきた勢いでどん、と腕を背に回わし思い切り抱きしめた。
思わずうっ・・と声が漏れる。激痛が足から頭のてっぺんまで貫いた。
「あっ・・ごめんごめん。つい・・。」
少女はぱっと手を放し、にこにこと見つめた。
中学生くらいだろうか、髪の毛は三つ編みにしてひとつに結ばれていた。
小柄で白い顔、決して細くはない弓型の眉が優しい曲線を描いていた。

「君・・だれ?何してるの、ここで?」
ようやく口をついたのはその言葉であった。
少女はむぅーと口を尖らせた。
「なに解らないの?私は直ぐに解ったのに!」
そして一字一句はっきりと言った。

「やだなぁ・・。お・に・い・ちゃんっ!」

僕は何度か口を開いて閉じる、という動作を繰り返した。
しばらくしてようやく声が出た。
「ア・・スカ・・なの・・・?」
少女は下からねめあげるようにして片目を瞑ると、
親指を立ててイエィ!とほほ笑んだ。


あの時アスカは思ったよりも重症な喘息と診断され、入院させられたのだ。
その準備と、預けた僕を迎えに行くために、
車を走らせていた時の事故だったのだ。
そのあとすぐに、アスカは子供を望んでいた遠い親戚の養女となった。
ばあちゃんは、兄妹がばらばらになることを最後まで反対したが
養父母は欲しいのは可愛い女の子、だったのだ。
しかも条件は、アスカに悲しいことを思い出せたくないので
今後一切こちらとは縁を切りたい、会えば混乱して懐かなくなるかもしれない
決して会わないでくれ、というものだった。
夫は働き盛りに病で亡くなり、
自分も持病を持っていて、いつどうなるかもわからぬばあちゃんは
この条件を結局飲むしかなかった。

『アスカもいなくなるの?』
僕はまだその時のばあちゃんの涙を覚えている。
『ごめんねぇ。ばあちゃんが元気ならずっとみんな一緒に暮らせたのになぁ』
ばあちゃんは僕にすがるように、
小さな身をもっと小さく縮めて、声を上げて子供のように泣きじゃくった。
ばあちゃんは頼りにしていたひとり息子と、その嫁と、
目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫娘とを
いっぺんにうしなったのだ。
『リョウタはばあちゃんと一緒に暮らそうねぇ。』
僕が大きく頷くと、ばあちゃんは涙を拭いて僕の手をぎゅっと握ったんだ。
『いつも一緒にいるからね?幸せになろうね?』


「おにいちゃん、聞いて?」
僕は別れてから一度もあったことのない妹に、昔の面影を探した。
でも浮かぶのはおかっぱ頭とくりくりした大きな目だけだ。
「お兄ちゃんには内緒にしていたけれど、私おばあちゃんと会っていたの。」
「えっ!?」
「勿論育ててくれた両親にも内緒。」
うふふ。とアスカはちょっとずるそうに笑って、口元に手を当てた。
「両親は小さい私は騙せてると思っていたでしょうけれど、甘い、甘い。
私が本当のおとうさんや、おかあさんや、
お兄ちゃんを忘れるわけないじゃん。」

僕も覚えてはいるが、
アスカの幸せのため・・というあちらの言い分を守って
子供心にも、アスカはもういないものとしていた。
勿論会いたいな、と思うことはあった。
元気でいるのかな?
もう小学校入っているな。
友達いっぱいできているかな?
泣いたりしていないかな・・?
季節ごとに思ったりしていたが、
会いに行く、という選択肢は僕の中にはなかった。

「両親には言わなかったけど、
大人になったら、絶対私お兄ちゃんのところに行くんだって決めてた。」
「私、もらわれっ子ってことはずっと解っていたわ。
父も母もすごく私に気を遣っていたの。
大事にもしてもらってる。
だから私はずっといい子をしていた。
でもすごく、おにいちゃんやおばあちゃんに会いたくてたまらなかった。」
アスカは真剣な顔をした。
「お友達の家にお泊りする時があってね?
一日多く嘘を言って、私おばあちゃんのところに来たの。
おばあちゃんはびっくりしたけど、
直ぐに顔を見て私だって解ってくれて、すごく喜んでくれた。
おばちゃんが心臓悪かったの、お兄ちゃん知ってた?」
僕は頷いた。
「でもいつも大丈夫だよ、って言ってたよ。」
「うん。私にもそう言ってた。
でもそれから何度もコッソリ会うようになってね?
おばあちゃんと話し合ったの。
その時におばあちゃんが、もし自分に何かあったら、
おにいちゃんを助けてほしいって。」
アスカが肩から斜めにかけた大きめのポーチから、大事そうに手紙を取り出した。
宛名に大きく『リョウタくんへ』と書いてある。
ばあちゃんの字だ。僕はそっと封をひらいた。



リョウタくんへ。

これを読んでいるという事は、きっとばあちゃんはもういないんだろうね。
アスカちゃんは素敵な娘さんになっていて、
リョウタくんのビックリのお顔が見られないのが残念です。
銀行にばあちゃんの実印と大事な書類、遺言書を預けてあります。
じいちゃんはあなたたち二人が、
二十歳になるまで困らないだけの資産を残してくれました。
それにリョウタくんとアスカちゃんのお父さんお母さんのお金もあります。
学費も生活費も、なんでもここから出してください。
アスカちゃんはあちらのおとうさんおかあさんに、
とても大事にしてもらっているようなので
ばあちゃんは心配はしていないですが、
リョウタくんはひとりぼっちになってしまいます。
ばあちゃんがいなくなったら、どうぞリョウタくんが寂しくないように
アスカちゃんは、沢山相談にのってあげてください。
たった二人きりの兄妹なのですから。

あなたたちに会えたことは、じいちゃんのところにお嫁入した事とおんなじくらい
ばあちゃんはしあわせだったですよ。
だからどうか、リョウタくん、アスカちゃん。
いっぱいしあわせになってください。
本当にたくさんありがとうね。
健康で元気でいてね?

ばあちゃんより




「僕は・・」
喉の底から声が絞り出すようにでた。
「僕は・・こんなの・・いらない。」
手紙を持つ手ががくがくと震えた。
その手をそっとアスカが握ってくれた。
「こんなのいらない・・。僕は・・ばあちゃんがいてくれたほうが・・ずっと・・。」
うんうん。とアスカが頷いた。
「そうだね。そうだね。」
混乱して焦点の合わない視界に、アスカの大きな瞳が潤んでいるのだけが見えた。

「僕は空っぽだ。もうなんにもないんだ。」
「おにいちゃん。大丈夫だよ。
おにいちゃんは空っぽなんかじゃないよ?。私がいるもの。
私と一緒にゆこう?一緒に暮らそうよ。お母さんたちだって解ってくれるよ。」
踏ん張っている大地がふいに消えたような気がして、
僕はぺったりとその場にへたり込んだ。
「なんにも僕にはなくなっちゃったんだ。
僕と一緒に生きていた人たち、住んでいた場所、想い出の場所もなんにもない・・。」
「おにいちゃん、おにいちゃん。
おにいちゃんは今生きているよ?
おにいちゃんはみんな覚えているのでしょう?
覚えていればなんにもなくならないよ?
それにこれからは私が一緒だから、その分だんだん増えてゆくんだよ?
楽しいことも辛いことも、みんなまとめて二人で積み重ねてゆこうよ。」

アスカは僕の頭をぎゅうっと抱きしめた。
「おにいちゃんはひとりなんかじゃないからね?」
頭の上でその声が優しく響いた。

ようやく僕の眼に涙が溢れた。
胸につかえていた固く大きいものが流れ出したのだ。
ばあちゃんの手紙を握りしめ、声をあげて泣いた。
僕が泣き止んで静かになるまで、アスカは忍耐強く僕の頭を、
優しくぽんぽんと手のひらで叩いて、落ち着かせようとしていた。
アスカの幼いながらの懸命の優しさが身に沁みて、
余計僕は涙を止めるのが難しかったが・・。


銀行には思った以上の貯えがあり、
名義も僕にすでに変えられており、
煩雑な書類の手続きもさしてすることもなく
ばあちゃんの保険金だけでも充分葬儀も、
小さいながらもアパートも借りることができた。

一緒に暮らせないと解るとアスカはかなりごねたが、
自分の事で、今までアスカと養父母たちが築いてきたものを壊すのは不本意だった。
「高校はもうすぐ卒業だし、
大学に行くお金も、もうばあちゃん用意してくれていたんだ。」
ばあちゃんの四十九日の法要で集まった時、
参列してくれたアスカとその養父母の前で、これからの事をきちんと話をした。

葬儀の時、びっくりするほど沢山の数の参列者をぬって
この養父母から声をかけられた。
「あなたを引き取れなかった事、
ずっとあなたにもおばあさまにも申し訳なく思っていたのよ。」
「でもおばあさまに、私たちはアスカちゃんだけでも元気に幸せに過ごしてゆけるのなら
それがありがたいのですよ。」と言われてね・・。

僕は頭を下げた。
それだけ聞けば、もう僕は充分だと思えた。
「僕とばあちゃんとの日々は、とても豊かでした。
僕は本当に幸せでした。
長い間アスカを大切にしてくださって、ばあちゃんも感謝しています。」
それを聞くと、養母はぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「大きなおばあさまでしたね・・。」

ばあちゃんは銀行の金庫に、自分の葬儀用の写真までちゃっかり入れてあった。
僕が夏休みに撮ったものだ。
ご近所の人達も手伝ってくれたが、
何もかも土に埋まった家から取り出せたものは、
二階に置いてあった僅かなアルバムの写真と
僕の学用品と数冊の本だけだった。

それからも学校の友達や先生や、近所のばあちゃんのお友達やら
沢山の人が関わって、いろんな面で助けの手を伸ばしてくれた。
『有難いねぇ』というばあちゃんの口癖が身に沁みた。
養父母も一緒に住むかい?と言ってくれはしたが、僕は丁寧に辞退した。
直ぐに働く事も考えたが、ばあちゃんが貯めていてくれたお金に甘えて
大学に行って、専門職を手に付けたらきっと将来長く役に立つと思えた。
今度は僕が誰のためになにか手伝える仕事がいい。
自分への未来投資だ。
これならばあちゃんも喜んでくれると信じる。

引っ越しの片づけを終えながら考える。

幸、不幸とはなんだろう。
僕は人生にたくさんのものを奪われた。
奪われてゆくものばかりが大事なものだと感じていた。
でも喪うたびに、僕は新しい物与えられていたんだ。

両親の代わりにばあちゃん。ばあちゃんの代わりにアスカ。
勿論それは、喪ったものの代わりにはならないことは解ってはいる。
その絆は、たったひとつ唯一のものだ。

でも僕が生きている限り、この絆はもっと増えてゆくだろう。
それにその喪われた絆も、消滅するわけじゃない。
僕の中に残って積み上げられて、
その上に地層のように重なり合って降り積もるんだ。

手元のスマホがちかちかとライトを点滅させていた。
ラインが来ていたらしい。

アスカだ。

開くと元気なスタンプと共に、近況を知らせてきていた。
このスマホも、養父母たちがアスカの連絡用にと買ってくれたものだ。
有難く使わせていただく。
まだ自立するには未熟者な僕だが、
いつかきっと僕を必要としてくれる人がいるはずだ。

それまでばあちゃん、踏ん張ってみるよ。

僕は久しぶりのちょっぴり笑顔で、
箪笥の上に鎮座している、大笑いしたばあちゃんの写真と、
その横の小さな家族写真に手を合わした。




「シズさん。」

忘れもしない懐かしい声だった。
「ただいま。マコトさん。」
にこにこと昔のままの優しい笑顔で、夫はこちらを見ている。
「よくがんばったね?お疲れ様。」
彼女の頬に少女のような赤味と笑顔がこぼれた。
「長い事お待たせしてしまいましたね。寂しい思いをされておりましたか?」
マコトは満面の笑みで答えた。
「いえいえ。頑張っているシズさんを拝見しているだけで、
こんなに楽しいことはありませんでしたよ。
二人でこの道を歩きたくてお待ちしていました。」

そこに足元を一頭の犬がまぶりついてきた。
「あら!コタロウも来てくれていたのね!」
コタロウは賢し気にぴんと尻尾をたてて、スキップでもしそうなくらいだ。
リョウタが来る数年前まで、独り暮らしのシズのところで長く相棒だった犬だ。
シズがしゃがんでぐりぐりと頭を撫でまわすと、
ぺったんこになって尻尾をちぎれそうに振りたくった。
そしてまた、ぴょんぴょんと横跳びでまとわりつく。
年をとって足をひきずるようになっていた姿はもうない。
思えば、シズも今まで辛かった体中の痛みがないことに気づく。

シズとマコトは顔を見合わせて笑い合った。
コタロウはふたりの先に立って、ふり向きふり向き霧の薄くなった道を歩く。

「マコトさんにお話ししたいことがいっぱい。」
シズは満足げにため息まじりに囁いた。
「まずマコトさんによく似た孫のリョウタくんのことね。
とってもとってもいい子なのよ?」

ふたりは光の中にゆっくりと消えていった。








  ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

毎年あげているお誕生日企画です。
今年は家庭の事情もありまして、なんと肝心なお誕生日にあげられませんでした。
本当に申し訳ありません。

気を持たせてお待たせして、さあどうだっ!
というものでもなく・・・いやはやお恥ずかしいばかりです・・。

実はシズさんは僕の大好きなキャラクターのひとりで、この悲惨な最期は
不本意でなりません。
で、蛇足的なシーンを前後に入れさせていただきました。
ご笑納くださいませ。

遅れたからと言って
決して大事な友人の大切な日を、ないがしろに思っていたわけではありません。
でも、本当に申し訳ない。
毎年心から君のこの世に生まれてきた日を
とてもとても嬉しく思っています。

お誕生日、おめでとう!

どうぞこれからの日々が、君にとって豊かで心楽しい物でありますように。

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xephon

誕生日になんてものを書いてくれたんだ!っておもっていましたら、悲しいお話ではなく絆がテーマだったとは。
本気で人を泣かしにかかりおって!
文章が巧みすぎるんじゃい!思惑どうりに泣かされましたよっ!
でも内容がお涙ちょうだいではないからこんなに素直に泣けて、そして不快ではなかったのだと思います。
素敵なプレゼントありがとう。
実際につらい事を乗り越えた武彦さんだからこそ文章にできたのでしょうね。

by xephon (2018-11-12 23:23) 

takehiko

>xephonさま
来てくださり、ありがとうございました。
身に余るお言葉、どれだけ励みになるかしれません。
今年はすっかり遅くなり申し訳ありません。
ホントにもっと明るくて楽しいお話を差し上げなくちゃいけませんねぇ・・。
今後の課題にします!
少しでも喜んでいただければ幸せです^^
by takehiko (2018-11-13 00:42) 

siamneko

o(*≧∇≦)o < 週末になったら読みに来るぜーっ
by siamneko (2018-11-13 23:04) 

takehiko

> siamneko さま
いらっしゃい!
突然こっしょりアップですのに、お寄りいただいて有難い事です。
お暇な時に読んでいただいて、喜んでいただければ幸いです。

by takehiko (2018-11-14 02:55) 

siamneko

o(*≧∇≦)o < 読んだーっ

「相続税は?」とか、「未成年だから後見人は?」とか、
無粋なこと思っちゃった。
(〃⌒ー⌒〃)ゞ えへへ

あと、「賢らし気」は誤字かな? 調べてもわからなかった。
「さかしら+気」? 「さかしげ」?
by siamneko (2018-11-18 22:06) 

takehiko

>siamneko さま
来てくださってありがとうございます!
一応未成年ですから、アスカさんとおんなじ養父母さんが
引き取られたのだと想像します。
便宜上後見人という形になって、成人したら正当な相続を受けられるようおばあさまは手続きをしていたんだとよいなぁ。
もうあちこち行かされるのは、沢山だろうから。

『賢らし気』について・・。
おっとこれは方言なのかな・・?
僕はよく「さからしげな顔をして、生意気な!」と母に叱られていましたw
ほんとに調べても出ませんね。
賢しい(さかしい)がなまったものと思われます。
普通に使っていたとはオソロシイ。
これは賢しいに直しておきますね。

いつもご指摘、感謝します。
懲りずにまたよろしくお願いいたします^^

by takehiko (2018-11-19 01:28) 

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